「國富亭知歌集」序    土田耕平


 正岡子規以來萬葉集の歌が復興せらるると共に作歌の道は、單なる詞句の弄びでなく、作者の實生活と最も切實なる關係を有するに到つた。從つて、歌界は萬葉時代に比すべき精彩を放ち、幾多の優秀歌人を出したのであるが、その中には、表だつた名家以外になほ幾人か、陰にひそかなる道を歩んでよく眞實の作を成した人々があつた。亡友國富亭知君の名は未だ普く人に知られてゐない。しかも君が作歌態度たるや不遇なる境涯にあつて常に染汚することなく、その臨末に當りなほ一首の推敲に心をひそめた實をおもふとき、君がこの道に殘した足跡は、よし徴かなりとも終に不滅の域あることを疑はない。一集三百三十首、山間の清冽に聽くごとく、君い芳靈の傳ふる聲に永く耳傾けたいと思ふ。              (昭和四年十一月十日 大和の寓居にて)

 
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