斷想    土田耕平

 
 宿命。
 身にあまる恩惠をうけしは有難き宿命。
 言葉に表はしがたき身體の苦痛不自由の中に長年の生を保てるは詮方なき宿命。
 自らの意志努力にてこの世のことは如何ともなるべからず。
 志せる文學の道にたじろぎてマイナス以下の日日をすごせるは悲しみなれど余にとりて文學は最重要のものにあらねばこのことは必ずしも悲觀せず。
 唯一もとむるものは神の道なり。古聖曰く自覺せずとも救はありと。されど自覺なき信仰は現世に於ては何の利益ありやを知らず。我惑へるか惑ひの中にある時光を見ることなし。
 眠りわるく文成らず。かかる愚痴言を書きしるして何の益ありや。夢幻の世。されど夢ならば樂しき夢たれ。わが夢はあまりに不甲斐なく苦澁の底に轉々せる如し。
 我生命。明日にて滿四十五年。長々生きて成せること思へることはいくばくもなし。笑止の至りともいふべし。
 來世は必ずあるべしその形その色をおもひみること能はずといヘども玲瓏水の如く清きものか。されどかゝる翹望すらわれには稀に稀に思ひ染むのみ。
 苦き盃を取りたまへと。これは今念頭に浮びし一句のみ。われに言ふべきことなく思ふべきことなし。                            (昭和十五年五月三十一日夜の筆と推定)

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