活動寫眞と落語    土田耕平

    
 「活動寫眞」といふものを、私は、十數囘或はもつと多く、名作と稱するものを見たであらう。
 しかし、どう考へても、藝術の範疇には入れぬ氣がした。活動俳優の仕ぐさよりは、場面に映つてくる外國の土俗風景の方に、氣をひかれた。しかしあのスピートでは何としても、ゆつくりした鑑賞氣分にはなれない。すべてを洗ひつくした最後に殘つたものが、チァリイ、チャップリンであつた。ここまでくると、腹藝といふ感じがして來た。彼は自ら創作し、自ら監督し、自ら主演したのだから、あれほど、ガッチリしたものが出來たわけだ。彼が上演までの苦心は並一通りではないといふ。
 チャップリンを見てゐると、私は何時も落語家圓右を思ひ出した。頭のいゝ、無駄のない、氣持よき笑ひに人の心を誘うて止まぬ力。しかし、チャップリンのは大掛りのものになるほど可なりの無駄が見えた。また、あまりに大衆的爆笑が、全體の空氣を濁つたものにした。この濁つた空氣が、一面活動の世界でもあつた。
 チャップリン、圓右、いづれの藝が高いものであつたか、今判斷は下し得ない。只かういふことはいひ得る。チャップリンは「活動」といふ型によつたが故に、世界的人物として熱愛された。圓右は、日本の「落語」といふ型によつたが故に、日本人の極く少數の人に、心ゆくまで、理解されて、世を終へた。百人前後の人々が疊に坐つて聞く氣分といふものは、活動の世界では、求められない。
 圓右が一生をかけて歩むだ道は、一見さびしい儚ないもののやうであるが、實際は澄んだ水の如き平安なるものであつたらう。一旦高座に坐するときは、あのやうな氣品あるをかしみを人々に與へ、家庭に於ては、謹嚴無口そのものの如くであつたといふ、落語家の心境は考へて見るだに床しい。
 チャップリンは世界の寵兒喜劇王として、世界中の人を爆笑させながら、世を一くねりした心持に捉はれがちであつたのではあるまいか。度はづれたあの氣むづかしさは衒氣からではあるまい。衒氣からではあゝ自然に出ない。チャップリンは高價なる世のひねくれ者だ。
 彼は一昨年日本を訪ねた時、犬養首相に面會を求めたが、それは實現されずにしまつた。若し圓右と對談させたら、犬養以上の好取組だつたらうと思ふが、當時圓右はすでに故人であつた。
 圓右と並稱された小さん、この人も世を去つた。後を嗣ぐ人のない落語は結局亡びる。活動はチャップリンが世を去つても、益々世界を風靡するであらう。止むを得ぬことである。     
 (信濃毎日新聞 昭和九年八月)   
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