土田耕平遺稿集から 童謡














小春

背戸の畑に
一株の
菊が咲いたよ
眞白く

朝霜消えて
あたたかき
小春の日影
なつかしや



  


ほろほろと
蟲がうたふよ
草かげに
雨ふる朝も
風吹く夕も
まして月澄むその宵は
夢うつつ
夏を過して
秋山に
早くも迫る霜の色
草かげに
蟲が細るよほろほろと



  


野みち
山みち
雪が消えた

木の芽
草の芽
春になつた

みんな
野はらで
歌ひませう



  
蜻蛉

道ばたの
枯くさに
すがりついた
赤とんぼ

霜が降つて
身がこごえ
風が吹いて
羽がさける

お日さま お日さま
暖い光を 下さいな



  


桔梗がさいた山のみち
着物が露にぬれました

茸をさがす藪のなか
夕日のかげがさしました

諏訪の湖水を見おろして
後に高い霧ヶ峰

カナカナ蝉のなくこゑは
 山から山にひびきます



  
夕歸

鍬をかついて
野ら歸り
夕日があかく
なりました

落葉の下で
蟲は鳴き
榎實ついばむ
むら雀

疲れた足を
とぼとぼと
歩めば空の
雲も行く

待つてゐるだろ
母さんが
お家にひとり
爐火焚いて



  
郡山

日がてれば
うかぶ金魚よ
あかあかと
水のおもてに

物音に
おそれる金魚
ひいやりと
水皺ひかる

郡山の
城下さびれて
あるものは
ただ金魚池

葉をおとす
柿の木の間に
遠白く
水田のやうに
  
※奈良県大和郡山



  


コホロギのお(うち)
穴のなか
柿の落葉の
戸をたてて

もうはや
唄はうたひません
三味線の糸も
きれました

外はしんしん
雪の音
日がくれたやら
あけたやら

コホロギのおぢさん
髯ふつて
燈心ぐさの
火をともす



  
和田峠

汽車開通の
この(かた)
馬も通はぬ
峠みち

昔榮えた
西餅屋
東餅屋の
一軒屋

閉ぢた雨戸に
雲來て觸り
道はかくれる
草のなか

今年餅屋の
雨戸があいて
餅賣る婆の
言ふこと聞けば

和田の峠は
自動車とほる
仕事ない人
歩いて通る

今日もぞろぞろ
四五十人
餅を横目で
睨んで行つた



  


細みち()たら
苺があかい
二つ摘み
三つ摘み
五つ摘んだら手が染また

廣みち()たら
寶珠がしろい
七つ拾ひ
八つ拾ひ
十拾うたら手にあまる

山みち行つて
木の葉が光る
石ころが光る
ふかい光のその中で
今鳴いてゐるカリョウビンガ



  


枝をひろげた
けやきの若葉
日傘のかたちが
ようできた

けやきの下には
稻荷さま
こけらの屋根を
ふきかへて

日傘の大きいは
凉しくてよいが
日のくれがたに
なるころは
枝に宿とる
千羽の鳥の
糞がおちるし
拔毛が降るし



  
お山

ふかい谷間を
落ちてゆく
水の音かよ
さんさんと

おいらは登る
雲のうへ
岩をふまへて
よいとこしよ

萬年雪の
むかうには
お花畑の
にほひして

おくれまいぞよ
せくまいぞ
お山は晴天
みなみ風



  
支那の子

日本で生れた
支那の子は
日本のことば
ようおぼえ
お國のことばは
わすれ顏

母さんお國を
こひしがり
父さん支那を
わすれない
けれどこの子の
かあいさよ

三人つれだち
手をひいて
この子のうたふ
歌きけば
日本のくには
よいお國



  
山里

木の芽がぽつぽつと
ふきだした
おらの(たけ)さま
高いでな

霜が降るふる
まだ寒い
納屋のねずみは
(もみ)かじる

ふくろふ鳴いて
日がくれて
はそいお月さま
森のうへ

おらは三太と
仲よしで
けふも夜學に
行くべいよ



  
バッタ

バッタ殿とんだ
天をめがけてとんだ

バッタ殿とまつた
竿竹へとまつた

竿竹や高い
天はもつと高い

そこでバッタ殿
いま一飛び

竿竹蹴つて
天までとんだ



  
蜻蛉よ

蜻蛉よ とまれ
おれの指イとまれ

親指に子指
人さし指イとまれ

中指に()いたら
くすり指イとまれ

とまれよ 蜻蛉
みんな來てとまれ



  
土曜の夕

お日さま
西にかたむいて
ポプラの影が
ひろがつた

學校裏の
運動場
テニスコートの
白い(すぢ)

けふは土曜日
しづかだな
窓のカーテン
みなおりて

宿直番の
先生が
廊下を歩く
靴の昔



  
初氷

雨戸あけたら
手洗ひ鉢に
とんぼが二つ
落ちてゐた

毎朝霜が
白う()つて
とんぼはみんな
死ぬんだろ

とんぼよとんぼ
夕燒けに
あんなに高く
飛んだのに

とんぼの羽は
やぶけてる
氷つた水に
ぺつたりと



  
爐端

チチハル
占領
わが軍
大勝利

日本勝つて
強いけど
北滿洲は
寒かろな

(いり)でもして
あげたやと
おばあさまの
ひとり言

ゐろり火とろとろ
燃えさかる
號外々々
鈴の音



  
釜無

そろそろ冬が
やつて來た
釜無山の
黒い影

十里の谷さ
落ちてくる
川の瀬の音
とうとうと

やがて氷に
閉ぢるだろ
吹雪が山を
つつむだろ

一日藁を
打ち終へて
納屋にランプを
ともす爺



  
繩綯ひ

守屋の山に
雪がきた
道理で今日は
背が冷える

手繩綯ひ綯ひ
カラフトの
兄さん思ふは
こひしいな

昨日とどいた
手紙には
ラッコ一舟
捕れたちふ

諏訪の湖水で
鳴く鴨よ
おらは行きたい
北の海



  
風と雲

風のふく音
きいてると
風はどこまで
吹くのだろ

雲の行方を
見てゐると
雲はどこまで
行くのだろ

誰もこひしい
西の空
御佛(おほとけ)さまの
聲するが

誰も知らない
とほい道
風は吹いて行く
雲は行く



  
法然さま

法然さまの
おん船が
(むろ)のとまりに
()いたとき
小舟一艘
近づいて
若い遊女が
泣きました

法然さまの
おん船が
室のとまりを
去つたとき

裏のお山で
朝夜(あさよう)
念佛申す
人ござる
黒い(ころも)
白い高祖(こそ)
遊女は尼に
なりました



  
時雨

湖のまはりの
高い山
低い山まで
雲下りて

晝の灯ともる
教會堂
岸に一軒
寒さうな

窓のカーテン
ふと開いて
顏を出したは
牧師さん

枯れ葦さらさら
音がする
さんざ時雨が
降つてきた



  
八ノ字山

八ノ字山の
八ノ字ゴウロ
雪がこんこん
ふつてゐる

どこのお(うち)
戸をしめて
晝まも夜さも
知らん顏

冬の神さま
早よ()んで
あかるい春に
なつてくれ

八ノ字ゴウロに
菫が咲いて
雉子がケンケン
なく春に



  
湖の鐘

お山の雪が
金色に
燃ゆれば湖の
鐘がなる

湖にしづんだ
鐘ひとつ
ふかいいはれの
吊鐘を

誰見た人も
ないけれど
音きいた人
十三人

黄金(わうごん)
ゆふぐれに
沖に釣して
きいたちふ



  
(はる)

石の門
木の門
子どもら遊ぶ
鬼くらあそぶ

草の芽
木の芽
門のそとに
門のなかにも

あかるいな
さむいな
春の日に
なつた



  
(いぬ)()

自轉車とほる
犬の子はしる
廣告隊が
笛ふきとほる

日がかたむけば
春風さむい
走れ走れ
犬の子走れ



  
淺間山(あさまやま)

淺間のお山さん
旅仕度
雪の綿帽子
あたまにかぶり
ちよいと思案顏
してゐたが

雪の山高帽
またかぶる
どこへござるかと
問うたらば
煙草ふかしに
ござるとな
支那は揚子江の
あたりまで
ちよいと氣散じ
噴いて()



  
(はる)(あめ)

枯れ芝燒いた
くろい土手
あかるい雨が
降つてゐる

お濠の水に
うかんだは
朝から浮寢の
かもめどり

ざんざん降れよ
春のあめ
堤のさくら
ひらくまで

白い番傘
鈴ふつて
豆腐屋さんも
すたこらと



 
寒芹(かんぜり)

芹が萌えたよ
寒芹が
雪の屋根から
日が照つて
ちらちら流る
水のなか

白い根芹よ
寒芹よ
氷とくとく
洗つてく
雪しろ水の
瀬は早い



  
小雲(こぐも)

うかんだ小雲
綿雲は
日にかがやいて
散つていく

清水の根芹
萌え出たが
お山は深い
雪の上

影をおとして
散つていく
綿雲小雲
どこへいく



  
芝の芽

芝の芽の萌えるころは
ふるさとの丘を思ひだす
ゆるやかにふわふわと雲の浮かんだあの丘山を
犬ころが走り
凧があがり
ぼくらは寢そべつてゐたつけが
「どこへ行かうかな」
「大きくなつたら」
「海へ――空へ――遠いところへ――」
誰やかれやみんな叫びあつた
――芝の芽の萌えるころは
ふるさとの丘を思ひだす
ゆるやかにふわふわと雲の浮んだあの丘山を
ああ誰もかれも
みんな大きくなつただらうな



  
さくら

うらうら霞む
春の日に
里にも山にも
さくらさくら
どこもかしこも

さくらが咲いた
さくらを見にくる
鸚鵡に孔雀
栗鼠に白熊
手に手をとつて
日本のさくらを
見に來るよ
 
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