土田耕平遺稿集から  俳句

   
 昭和十三年  昭和十四年  昭和十五年  補  遺 
 十八歳の頃    大正八年    大正十年   昭和六年 
 昭和十四年   昭和十五年     







  昭和十三年

    冬
今日ぎりの入日に映えて冬至梅

雪積むや一茶にとほき我もあり

苔乏し冬もなごりの庭の隈

苔にふくむつゆ一たらし冬の晝

行年や障子に一つ繩のかげ

飮みほしし藥瓶寒し枕もと

    井月
薦をきて立てる人あり伊那の冬

    老子
谷の神死なぬところや雪しまき




  昭和十四年

    雪の下
朝影にわれ咲きがほの雪の下

雪の下日蔭々々の盛りかな

雪の下一ぱい咲きて庭さびし

咲きそめて散り方と見ゆ雪の下

押花や誰に送らむ雪の下

雪の下妹が睫毛に似もやらで

雪の上みながら咲いてしまひけり

    夏
百合の香やあけはなしたる別座敷

桶にさす為朝百合や島のつと

看護婦の名は百合といひ善く歌ふ

孔夫子もうたひたまひき卓の百合

さいくさの昔名ゆかし赤き百合

清水わく唐澤山の念佛かな

眞少女の手にむすびたる清水かな

    秋
日まはりの蕋の黒さよ秋の風

秋風や石切る里の石の音(切石)

秋風のふけばこひしき都かな

秋風や京の童の唄きかむ

秋の風ふくや夜市の唐辛子

秋風の街にもとめし離騷かな

秋風や征旅の旗をひきしぼる

夏草や誰踏みわけて秋の色

秋草の七草六草椎が下

    行年
蟲鳴くや聖一遍の履の跡

忘れけり蟲のこゑごゑ草の名も

炬燵かけて庭苔青き眺めかな

よく晴るる南信濃や草もみぢ

雪雲や久米街道のはづれ山

あかあかと段丘に冬の夕燒す

行年(ゆくとし)や何を悔まむわれもかも

塀ごしにまだ見るものや冬至梅




   昭和十五年

    年頭吟
東海の潮見の山の初日かな

今朝の春夜具あたたかく寢たりけ

初便り都の君と伊那の君

若水や硯に垂りていく雫

初日にもおのが睫毛の古りにけり

初春や念佛(ねぶつ)こひしき姥が宿

ありがたや國を霞ます初かまど

雲や樹や國の眞秀(まほ)ろば(あけ)の春

これやこの筆のはじめも學而一(がくじいち)

山肩の雪ぐも解けて五合庵

   寒餘吟
鐘の聲こだま返らず寒の入

しろがねはこがねに勝る寒の冴

空々と唸るは寒の思ひ入れ

大寒やわが洗足の湯氣黒し

値ぶみせむ俳書に拂ふ寒の塵

寒や今天が下知る雀ども

から鮭の頭しやぶらむ寒明けむ

木花咲きぬまことの花や(ほか)に何

ちらつきし雪の小積みを軒の月

佗の世やわがかくれ家も枇杷の花

    二月
古畑や土もたげたる蕗の薹

三徑の荒搖がして蕗の薹

蕗の薹よわれも頭をかくさぬぞ

手あぶりに蕗の薹惜む香氣かな

たなぞこにやや萎え見ゆ蕗の薹

(にが)くおのれ命を噛み得たり

寒明けやあこやの玉の育つ時

立春や子貢床しき人となり

南天のほろほろと落つ春寒み

春雪(しゅんせつ)や南天の(あけ)古りにたり

  春吟
春雨のそそぐ嬉しき井水かな

草庵やつづくる玉も春の雨

春雨や若草山もやや一里

槻に遠く欅に近し春の雨

春雨にぬれつつ侘し無縁堂

起き起きの心うとさよ啼く雲雀

老鶯や奧の岩間にひそみ啼く

(さへづる)をよそに夕日の竹の秋

さへづるやにつくき嘴もありてこそ

よのつねの囀となる日永かな

    若草
若草や道つたひゆく飛鳥(あすか)

萌草や川をへだてて色に立つ

若草にいろどられたる河原かな

高河原若草千々に匂ふなる

若草に我少年の嘆きかな

見るからに若草の香を感じけり

若草をはじめて踏みし如くにて

草若くいまだ冷たく匂ひけり

古草に若草まじり世はいづら

若草は踏まざりき遠き佛の世

   亂吟
くちずさむ語音もうれし青嵐

かほばせの清き(いまし)を青嵐

青あらし國の境もなかりけり

北信の便りなつかし青嵐

青あらし安原稿を吹きとばす

短かる一生涯の日永かな

梅雨に入る雲の配置や奧信濃

どくだみにわが愛あれや梅雨の庭

どくだみに我は取得のなき身かな

しろじろと花幾種類つゆの庭

    假十七字
弟の嬬の土産や白桔梗

白桔梗をとめの如く匂ひけり

八ノ字の山を埋めて秋のくさ

石竹の花にしぬばむ大和(おわ)の家




   補遺

月澄んで夜半の雨となりにけり

南に日低くなりて富士の影

雪に立ちて遺骨迎への樂を聞く

玉あられ一茶罵りし十年前

掛圖まで日のとどきたる冬至かな

クリスマス西山に雪の來るとき




   十八歳の頃の作

日曜のけふの一日をほうせん花




   大正八年

朧々と海翳りくる春霞

雨さむし室は線香のにほひかな

齒にあつる梨のつめたさよ今日の秋

秋雨に障子のやぶれつくろはむ




   大正十年

ふつふつと煮えたつものは飯の泡

乾鮭の切口つたふ鹽しづく

落椿ひとつを拾ひてのひらに




   昭和六年

芭蕉忌や御齡までは十四年




   昭和十四年

百合咲きぬ木下の闇を拂ふべく

廻診のなき日つづくや春の雨

こもり居や廢れし園の蟲のこゑ

梨むふて童女を友の端居かな

梨むくや惠那に二筋かかる雲

俤やこだつによれば誰や彼




    昭和十五年

保つべきわれ行もなし寒の入

冬小鳥啼きて夜明の祈かな

しづけさや論語にたまる寒挨

あはつけし枯木が落す土の影




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