土田耕平遺稿集から  

    
雪の夜 山茶花  詩五つ             詩習作 
小曲五つ  短詩  ある夜  冬の夜 
  霜柱    騎兵隊 
豐頬  墨染抄 秋七草   
  つゆ  冬日  くちば 
もとすゑ    三日月  郊外 
もや  つきので  とき  泉野小學校 
お断り:底本土田耕平著作集第二巻(謙光社刊)は三段組みであるので、折り返しなのか改行なのか区別がつかない作品があった。これらは、作者の思いとは違いもあろうが、作品を読み返しての感じで入力してある。












  雪の夜

夜遲く書讀み終へて
戸明くれば外は雪
しんしんと降り積る
夜の音のいかに幽けき
いざ寢まし我も安らかに
結ばなむ樂しき夢を




  
山茶花

山茶花のはなは
椿に似てさらに哀し
再びとかへるよしなき
大島の地をおもふ
花つばき紅にほひ
をとめ子や幸くあらんを
ここ街隅の宿に見る
さざんくわの花小さき花




  
詩五つ

 ○

春の日の
うららかさに
ひとりして
歩めれば
小鳥なく聲
木の芽ふく風
そこはかと
戀ごころわく
あはれ今ひとたび
みんなみの
島の林に
行きて見まほし

 ○

片岡の
小林芽ぐみ
枯芝に
日影させり
さても
この景色
島の眞間野を
おもはしむ
春されば
をとめらの
唄常にきく
眞間野なつかし

 ○

見よ
足もとの
草の葉ごとに
朝日の光
今し映ゆるを
草葉すらなほ
生きの歡びあり
人の身われに
榮なからむや
頭をあげて
歩めかし

 〇

日は沈む
秩父の山
芒はなびく
西の空
ひもじさや
さびしさや
おのが身は
常ひとりにて

 〇

一すぢの
道の上に
日が照れば
草葉しをるる
わが心
おもひしをるる
國とほし
人とほし
このままにして
歩み去なはや




  
詩習作

 雨風の夜に

そうそうとして
雨吹き降りの(よる)
ひざまづき
ともし火の下に居れば
心の中ただに和みて
世こひしく人なつかしき
暫し思ひをひそめ
亡き子を偲べば
おもかげありありとわが前に立つ
雨風の音いよよ激しく
心の中いよよ靜かなり
さてこそ
涙ながせども
悲しみの涙にあらず
すべて今めぐまれてあり
かすけきともし火の下

 われら今

われら今ふたりして
かくはあれど
風吹けば散る木の葉の如し
山の奧はた海の岸
かれがれに
冷たきむくろ横たへむ
またかへるよしなき
おもひ出の戀に哭かむ
ああ時は過ぐ
心盡さずして後いかに

 赤き帶

田のくろの
なづな摘みにと
おりたてる(わらは)ども
女わらはの赤き帶こそ
目にたちてあはれ

 若布賣

若布々々と呼びて
()に立ちし少女を見れば
編笠に脚絆すがた
おもわさへ日に燒けぬ
かくてひねもす
賣りさばく若布の(しろ)やいくら
ふるさとに歸る日やいつ
旅をとめのけなげさを
はた哀れさをおもふなり


 田のくろに

田のくろにおりたてば
クローバーの花さかり過ぎぬ
日影さへおぼろめきて
時すでに移りたり
雨ふれよ蛙なけよ
今はや梅雨に入りぬべく


 をとめ

野路行けば
草茂り
市來れば
人群るる
草生に花の
こもるごと
人のをとめよ
淨くあれ




  
小曲五つ

 淺宵

三日の月 仄かに照りて
遠かはづ 啼くこゑす
 田のくろを 小田のくろを
 ひとりして あゆませよ


 なでしこ

野に咲けば
花の色さへ つつましき
 さても なでしこの花


 旅思

野末ふく風の音よ
きのふは過ぎて
 けふも日ぐるる
とてもわが命
 野末ふく風に委せむ
 木の葉とも 草葉とも


 林間獨思

松風の音は かそけくて
空に消え
木下の苔ひややかに 足に沁む
 目をとぢて ひとりおもふに
 われはただ 憧れにのみ生きしか
苔 足に沁めど 痕をとどめず
松風の音消えて後 心にのこる
 さなりわれ いく年月
 むなしき憧れにのみ 生き來しよ


 秋七草

草ごもりひそかに咲ける
 なでしこを秋のはじめにて
忽ちに風吹きかへす葛の花
 きちかうに朝のつゆ繁く
 ふぢばかまに夕べの日影すむ
とりわけて嬉しき花は萩の花
山原に廣原に 群がりてこそ
咲き出しか
 やや女郎花伸び
尾花の末に月かかる見れば
 ことしの秋もすぎにけり




  
短詩

 少女

野に咲ける花にさへ
こころ誘はる
 まして 人の子や
 このうつくしき子


 一つ松

松ありて
風の音かすかなり
 おもひ見る
 千年百とせのこと
 なほ 夜のごとくにて
吹きすぐる風の音とも
世はうつろひゆく
 あはれ
 この岡の一つ松を


 芒の穗

すすきの穗に
かすかに染める赤
赤きは戀の色なりといふ
 われにもし
 戀ありとせば
 もし戀ありとせば
芒穗のあからむほどの
 妹にてあるべし


 自然

人なかにまじる時
わがこころ閉づ
 自らの弱きをおもふ故
山川にむかふ時
はじめてこころ伸ぶ
 自然はわがふるさと
 つひの住みかなり
たとへ 山岨の一本芒
 風にたへずとも




  
ある夜

東の海のはてに
月が浮び出た
血を含んだやうな赤い月である
すでに一端が缺けそめて
凄い形をしてゐる
その時私は
風早崎の斷崖に立つて
この月の出を見た
うす靄がなびいて
眠つたやうに靜かな夜であるが
時々
刃をけづるやうな
冴えきつた音がする
斷崖五百尺の足もとに碎ける波である
それを聽いてゐると
あはや身も心も引きよせられようとする
數日前
この斷崖から身を投げたといふ若者のことが
私の胸に浮んで來た
さてはこの波の誘ひに抗ひかねたのだと思ふ
月はたちまち昇りつくす
丈二丈三丈
やがてうす靄をひき纒うて
また動かぬものの如くである
動かぬ月の面から
鈍い光が流れて來る
その光を吸ひ取るやうにして
斷崖は くろぐろと姿をあらはす
斷崖の上に立つてゐる私の姿も
あらはになる
闇にひそんでゐた波が 怪しく光る
何の五百尺とおもふ
この五百尺が 生死の界なのだ
若者は
この境界線を跳びこしてしまつた
恐らく無造作に
跳びこしてしまつた
私は今同じく
その一線の前に佇んで
一線のかなたを模索してゐる
赤い月と 刃のやうな波と
私の摸索は ますます手を延してゆく
けれど私の足は
かたく一線の前に踏みとどまつてゐた




 
冬の夜

蝋燭のあかり
香のにはひ
しづかに
わが心をつつむ
こもりゐる
この夜ごろ
冬の夜ぞ長き




  


日の照る
丘をこえて
木ぶかき
谷間ゆくに
鳥はなき
水音たぎつ
その水に
草鞋をぬらし
また丘にのぼる
日すでに
かたむきて
道はるかなり




  
霜柱

道ばたの霜ばしら
踏めばくづるるに
枯立の木の間ゆく
一すぢの小徑
梢より梢に
鳥はかくろひ
わが一足ごとに
霜ばしらくづる
かくてわれ
歩み去らば
またもの音もなけむ




  


雪の上に
餌あさる雀
何をあさる
黒いは杉の落葉
赤いは山茶花
凍つた雪の上に
雀らの素足が寒い




  
騎兵隊

郊外の道で
騎兵隊に出逢うた
馳せすぎる蹄の音が
輕く陽氣に地ひびきをたてて
心をはずませる
とめどなく心をはずませる
騎兵隊はたちまち過ぎゆいて
なほ殘る心のはずみ
わたしはひとり淋しく
面わを伏せた




  
豐頬

豐頬のいぢらしさよ
誰が見るともないに
さつと血しほさす
おきよさんはことし十六で
毛絲の毯を編んでゐたら
窓さきへきて鳥が啼いた
そしておきよさんの膝から
毛絲の毬がころげた
ただそれだけのことに




  
墨染抄

 

河べりの
穗芒 稻田
稻田のみのりよし
黄金なす
一平(ひとたいら)
今し滿つ
晝の光


 寺にて

寢てきけば
うらの丘に
迎へ火をたく
人のこゑす
今日のうら盆の夕

姨にもらひし
林檎五つを
枕べにならべ
うつくしきその林檎
くれなゐの玉五つ
いづれをむかん


 蜻蛉の夢

葦の穗に
眠るとんばう
とんばうの羽に
露がやどる
ゆふぐれて
露が重るたびに
とんばうの
眠りは深し
星の夢 空の夢


 北國街道

飯山の
街をはづれ
北に向ふ
道一すぢ
河のほとりには
すすき穗なびき
はるかに
越後境の山つらなる
さびしき
北國の道
一人行かばやな


 飯山

飯山の町は
丘にそひて
寂しき町
晝なほ
ひぐらし啼き
青葉ごもりに
寺古りしその丘

飯山の町は
河にそひて
寂しき町
雨の日は
向ひの山も隱れ
ただ浩々と
北に向くその河

丘は低く
河は長く
道ゆく人の面には
自然の暗さあり
さびしき
北國の町


 歸郷

諏訪の 石ころ道
踏みなづむ その山のみち
幼き日に 常歩みし道の
など足にいたき


 諏訪湖

しぐれ降る みづうみ
舟うかぶ その岬
みさき長うして 雨にけぶる
舟もともに


 日は暮れて

日は暮れて 光がのこる
光きえて 雲がのこる
雲きえて なほのこるもの
佗びごころ


 殘雲

日入りて 空はてしなし
光帶ぶその殘り雲
のこり雲ゆゑに
心こひしや


 時雨雲

しぐれ雲 ひろがりて
空くらみ 山もくらむ
田づらなる
鳰くらむまでに
しぐれの雨 落ちて來ぬ


 阿島

阿島は よきところ
丘なだらに 山につづき
山高くして 雪をいただく
雪山をひかへて
なほ暖きところ
芝くさに 日あたるところ
あじまの里


 地藏寺

顏あらふ手さきに
來てさはる小魚どち
泉の小魚どち
このごろは馴れて
われもおどろかぬぞよ


 千代の里

山こえて
向うの山に けぶりが立つ
あれは 千代の里やといふ
あれは 千代のお里
山こえて 向うの山に
あかりが見える
夜となれば あかりが見える
あれは 千代のお里

 川音

吹きわたる 夜風のまにまに
きこえくる 川の瀬音
野に月は照れど
野をへだてて 向うの川
きこえくる ただ瀬音ばかり


 かかる時

かかる時
海のほとりに 身あらばと思ふ
海の香は 憂きをなぐさめ
悲しみをはらふもの
かつて 身に沁めし海香の
忘られぬぞ是非なき


 孤獨

うちよせし 磯の藻くさを
とりて眺め ひろひて遊び
けふも一人


 朝凪

沖を見れば 白帆
つらなりて出でゆく
今朝の 朝なぎや出でたちて
われも 身の(さち)を祈らな
行末を祈らな


 磯の焚火

磯の焚火に つどひよる
あまの子は 素手素足のうつくしさ
聲のほがらかさ 吾に言かくるよ


 やまと歌

あはれ みそひと文字の
やまと歌
みがけは 玉となる


 寒夜

はらはらと
屋根に音するは
雨かあられか
降りやんでは
またも降つてくる
さむ夜の音


 

降りみ降らずみ
けふは霰の音ばかり
戸をしめて 障子しめて
ひとり寢てゐればさびしいな


 冬枯

日が一ぱいにさしてゐる
冬枯のだんだん畠
その淺い谷あひに
水の音がする
ただ水の音がする


 眠り

枯芝の日あたりに
よりそへる犬と我と
犬ねむり 我も目をとづ
また願ひなし


  

風に吹かれる
一本すすき
弱さうに見えて
なかなか折れぬ
よわければこそ
折れないのぢや


 小春

小春日の影に目をさました青草
はて今は時でないと氣づいたが
一旦伸び出た芽は返さうに返されぬ
ままよ 伸びるだけ伸びて見ようと
伸びた伸びた 二寸三寸五寸
つひに花が咲き 葉が茂る
さて花は咲いたが
蝶一つ飛ぶでなし 鳥が啼くでなし
一夜風があらあらしく吹きすぎて
そのあとへみつしりと深い霜
青くさはくわんねんの頭をたれて何ごとも云はぬ


 三月

なづなを摘めば
霜ばしら
芹をすくへば
うす氷
手籠かろさに
日は暮れる
三月はじめ
 なほ寒むや


 つくしや

つくしや たんばぼや
屋根のいちはつ 一八が咲いて
春をはり

雨しとしと 夜あけとなる
窓そとの若葉木

つゆの一夜晴れて
おもはぬ 月を見たが
さて こころ足らはぬ

洲羽の 青田はら
あさ日さし ゆふ日さし
夕日はみづうみへ

ポタリ軒しづく 蕗の葉がゆれる
蚊がまひたつ ポタリまたポタリ

ほたるぐさの花が咲いた
つゆに 濡れさいた濃青(こあを)

碧いものは空のいろ
はたつゆくさの花 いづれとも
裾野の森で啼く くわくこう
鳥 朝ないて 夕ないて
夕べの雨となる




  
秋七草

秋の七くさは
撫子がさきがけ
草いきれの
なかに咲く

萩に
風が亂れ
女郎花に
露したたる
朝の氣を引きしめて
桔梗のいろ
夕日に匂ひ沁む
藤ばかま

やがて這ふ葛
招く穗芒
風情さまざまに
秋を送る




  


月がよう冴えて
星も遠いしな

雁が群飛んで
夜は冷えるしな

背戸の芋畠に
露がふるふる

來し方千里
行く方千里の秋




  


石のこころに
なりたいと
むかしの人は
いうたとか
にはふ花にも
啼く鳥にも
心とまらず
なつたとき

石にそそいだ
その涙
つめたい苔の
花と咲く




  
つゆ

あかつきがたに
ふるつゆの
ちまたのやねに
ののくさに
たださやさやと
たまのつゆ

ひとつのつゆの
いふことに
あまつみそらの
あかぼしと
われはひかりに
きえましを

つぎにひとつの
つゆがいふ
つちのなかゆく
こけみづと
われはくらきに
ひそみなむ

さらにひとつの
つゆのこゑ
われはをとめの
みにやどり
あいのひとみと
かがやかん




  
冬日

木立枯れ透きて
青む野草や
丘ごしの徑に
陽あたたか
小鳥巣ごもれば
松かぜ音たつ
夕晴るる山の
風さわやか

まづしき心に
足れるこの身に
いま何の
ねがひかあらむ

草を踏み
日を戀ひて
こし方ゆく末
一幕の夢




  
くちば

ひとひらのくちばが
あさとよる
かげとひかりと
わかちなきところに

ひとひらのくちばが
なつとふゆ
ねつとこほりと
けぢめなきところに
ひとひらのくちばが
いきとしに
あいとなやみと
すべてあとたえしところに




  
もとすゑ

みやこをとめの
きるきぬは
ひなのおうなが
よるのわざ
おほみやびとの
をすいひは
たづくりびとの
ひのつとめ
をすひといひの
よきをしり
きるひときぬを
めづらめど
そのもとざねの
あせぞかしこき




  


拾うた木の葉
彫られた字形
「光」と「蔭」と
「望」の三文字




  
三日月

金のひかりの
三日月は
地平の靄に
かたむきて
かの角笛に
似たるかな

はるか地平に
誰か住む
笛とおもへば
笛きこゆ
角笛月や
夢のくに

昔むかしの
物語り
母の背により
うたひたる
諏訪湖の月も
かくありき

童話の夢は
さめねども
唄のしらべは
盡きせねど
つめたく(かく)
月のひかりよ




  
郊外

郊外の
舖道とほりて
屋根あをき
家のあひあひ
瑞葉垂る
椎の木並みは
雫なす
日の照りにほふ
制服の
小女らむつれ
支那樂の
音もきこゆれ

目つむりて
こころに殘る
まぼろしも
今はたなしや
十年(ととせ)まり
昔ありける
都路に
またの宿りぞ




  
もや

そらからおりる
あをもやか
もやからうまれる
あをぞらか
あかるうなつた
もりのなか
めじろほほじろ
さへづるよ




  
つきので

ひんがし しらむ
よのあけか
わたるかりがね
かずみえて
ひんがししらむに
あらざりし
よふけのつきの
いでくとよ




  
とき

なつのひ ふゆのよ
たつに ふすにも
きみまちくらすときのながさをいくらなげかむ
ふゆのひ なつのよ
たちまちうつる
きみとあひみるときのいとまをいくらをしまむ




  
泉野學校校歌

一 八ヶ嶽高き峰々
  裾野原廣き隈々(くまぐま)
  流れ來る水の(たぎ)ちは
  (ふみ)まなぶ我らの(とも)
二 柳川(やながわ)の流れを清み
  泉野のこの故里に
  百枝槻(ももえつき)嚴槻(いつき)()()
  おのづから成れる學舍(まなびや)
三 (ふみ)よむは(ひじり)のすすめ
  人たるも(がく)ありてこそ
  ああ我ら心はげまし
  一すぢの道を進まむ
四 (よろこ)びは學びの庭に
  樂みは友の眞垣に
  この道や直くまどけし
  あまつさへ(よそ)山野(やまの)
五 春は萌え秋は朱葉(あけは)
  國柄の高きを思へ
  日月(ひつき)の光あまねく
  山川の絶ゆる時なし
  ――いや榮え泉野學校

                      menu   homepage


                

inserted by FC2 system