草花の鉢    土田耕平

 
  草花好きの美代子《みよこ》さんは、おかあさまといっしょに近所の草花屋にまいりまして、かあいらしい草花を一鉢買って帰りました。そしてその草花の鉢をお庭に置いて、きれいに鉢を洗ってやったり、水を飲ましてやったりして置きました。
 それから、ちょうど三日目の晩、美代子さんは寝る時間となりましたので、いつもの通りにお庭近くのお居間(いま)で寝ようとしていますと、お庭でしくしくと泣いている声が聞えました。
 美代子さんは、ふしぎでたまらず、
 「おや、だれだろうね、だれが泣いているのだろうね。」
 と急いでお居間の戸をあげて見ますと、春になったばかりの三月の、まだ寒そうな月の光りに照らされながら、しくしくと泣いているのは鉢の草花でありました。
 「まあ、草花が泣いてるわ。なぜだろうね。なぜ泣いているのだろうね?」
 美代子さんは、首をかしげながら、庭げたをはいてお庭に下りて、しくしく泣いている草花のところへ行って、やさしい声で、
 「草花や、鉢の草花や、お前はなぜそんなに、しくしく泣いているの? 何がそんなに悲しいの? 早くいってごらんね、ね、ね!」
 と申しますと、鉢の草花は、泣きやんで、自分の葉で涙をふきながら、
 「私ね、寒くって寒くってしょうがないんでございますのよ。」
 「寒いから泣いてるの?」
 「そうでございます。寒くってしょうがありませんから泣いているのでございます。おお、寒い寒い、本当に寒いではございませんかねえおじょう様!」
 美代子さんは、こういわれて、なる程暖かい草花屋から買って来て、まだ寒い寒いお庭に置いたのは本当に気の(どく)だった。寒いといって草花が泣いているのは無理もないことだと思いまして、
 「私が悪かったわ、草花やかんにんしておくれね。今夜からお家に入れて置いてあげるからね。」
 草花は、やっと安心だというように、
 「どうぞどうぞ、そうなさってくださいね。夏と(ちが)って、まだ寒いんでございますもの。本当におじょう様、お願いでございます。そしてねえおじょう様!。」
 美代子さんは、鉢の草花にすりよるようにして、
 「草花や、なあに? そして、なあに?」
とたずねますと、
 「そして夜があけて、お日様がお出ましになりましたら、日当りの好いところへ出してやって下さいまし。ね、ね? おじょう様。」
 「ああ、好いとも。そして私が学校から帰って来たら、またお家へ入れてあげるから安心しておいで。」
 「どうぞ、そうなさってくださいまし。それから水は日に一度ずつでけっこうでございます。夏と違ってまだこのごろは、そうのどもかわきませんから。」
 「そう、じゃ、そうしてあげるわ。」
 と美代子さんは、鉢の草花をおえんに上げてやりました。そしてよくあさ学校へ行く時、日当りの好いお庭の真中へ下ろしてやりました。鉢の草花はたいそう喜んで、
 「ありがとうございます。こうしてさえいただければ、だいじょうぶ四月のすえまでは咲いておられます。毎晩々々寒いお庭へ置きっぱなしに置いてくださったら、私は五、六日もたたないうちにこごえて死ぬはずでございました。」と申しましたとさ。
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