アカイ子の話 土田耕平
「おまえの名は何というか。」 さっそく天皇はおたずねになりました。 「アカイ子。」 と娘は少しはにかみながらお答え申しあげました。 「よしよし、おまえをわしがめしあげるまでどこへも行かずにおれよ。わしは大ハツセノミコ卜(雄略の御本名)である。」と天皇は大そう満足したごようすで、やがてその場をお立ち去りになりました。 娘は一人になったとき、 「わたしはなぜ軽はずみに、自分の名まえなぞあかしてしまったことだろう。」 と悲しげにためいきをつきました。(そのころの女は、自分の夫よりほかに名まえをあかすものでないとしてありました)。 「しかし、大ハツセノ それから後娘は、家にとじこもって、どこへも出ませんでした。そして、天皇のおめしなるのを今か今かと待っておりました。一年すぎ二年すぎました。天皇からは何のお 「あの方はりっぱなお顔をしておられた。いつわりをいう方とはおもわれない。」 娘はーしんに天皇のおことばをば信じて 「あたしはあの方のことをおもいつづけて、一生過ぎてしまった。今は宮づかえする望みとてもない。ただこの世のなごりにもう一度お目にかかりたいものだ。」 こう決心して、アカイ子ははじめて天皇のお住まいへたずねてまいりました。天皇もアカイ子と同じようにお年寄りになっておられました。あの若々しいほおのくれないは、もはや白いひげにつつまれておいででした。アカイ子がじぶんの名まえを申しあげますと、天皇は久しく 「ウム。そうかそうか。わしはすっかり忘れていたぞ。」 天皇はしっかとアカイ子の手をお取りになり、 ヒケタノ ワカクスバラ ワカクエニ イネテマシモノ オイニケルカモ ああおまえはもうこんなに年をとってしまったのか、ゆるしてくれよ。という意味のお歌であります。そのときアカイ子の泣く涙が、 |
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