ある獅子(しし)の話            土田耕平


 一匹の若いうつくしい獅子がありました。多くのなかまのうちで、大そうはばをきかしていましたが、ある時考えますのに、
「こうして一つところにいて、同じなかまの顔ばかり見ているのもたいくつだ。しばらく旅に出かけて、姿かたちのかわった(けもの)たちの世界を見学して来よう。」
 そしてこの若い獅子は、友をはなれてひとり旅に出かけました。
 まず(とら)なかまの住んでいる国へまいりました。虎なかまは、
「やれ獣王(けものおう)のお出ましだ。」 といって、皆うやうやしくこの旅の獅子を(むか)えました。獅子は大そう得意(とくい)になって、
「ひとつ獣王の威勢(いせい)を示してやろう。」 と高い岡の上へかけ上ったり、大きな声でほえたりしました。それから獅子は、虎なかまにまじって長い間一緒(いっしょ)に暮らしていました。ある時、
「何と獅子王、あなたのお姿はまことに見事であるが、そのお首のまわりにもじゃもじゃと生えているたてがみだけが、少し目ざわりに(ぞん)ぜられます。」といわれて、 「なるほどそうかも知れない。」と思い、そのうつくしい房々(ふさふさ)としたたてがみを、残らず根もとから切り落としてしまいました。
「いやそれでこそ。」 と虎なかまにほめそやされて、獅子はうれしそうにその坊主頭(ぼうずあたま)()りたてました。
 やがて虎なかまにわかれて、今度は(おおかみ)の住んでいる国へまいりました。狼なかまは、この獅子とも虎ともつかぬ獣をいぶかしく思いましたが、とにかく力は強いし走ることは早いしするので、皆ていねいにもてなしました。
 獅子はまたそこで大そう得意になって、獣王の威勢をふりまわしていました。ある時、
「私共のなかまでは、からだのやせているものほど名誉(めいよ)なのです。」 と狼なかまにいわれて、それから獅子はやせる工夫(くふう)をはじめました。毎日ろくにものも食べないで、うろつきまわっていましたので、あばら(ほね)が一本々々数えられるほどになりました。
 獅子は狼なかまにわかれて、次に(うさぎ)の国へまいりました。兎なかまは、その()せてみすぼらしい、たてがみさえもない獅子を見て、大そうおどろきましたが、もとより心の弱いなかまのことですから、恐るおそるこの旅の獅子を迎えました。
 兎なかまは声の大きなのを何より(きら)いました。そこで獅子は兎なかまにまじっているうちに、その生れつきの力強い声をすっかり無くしてしまいました。
 こうしてさまざまのけものなかまの国をへめぐって、その姿ならはしを(みな)まねてしまいました。大そう見学をひろくしたつもりで、獅子はようやく自分たちなかまの国へかえりました。
 むかしの獅子なかまは皆ふしん顔にいいました。
「あいつ何者だろう。」かつて若く美しかったおもかげはどこにも残っていなかったのですから、(だれ)にも見わけはつきませんでした。

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