(さる)(きつね)(うさぎ)            土田耕平


 ある山おくに、猿と狐と兎とがよそ目にも(うらやま)れるほど大そう仲よく暮らしていました。とある日のこと、一人のおじいさんがやってきました。おじいさんは、銀色(ぎんいろ)(ひげ)をふさふさ()らして、見るから神々(こうごう)しいようすをしていました。三匹の(けもの)が一しょにあそんでいるのを見て、
「おまえたち、みんなここへおいで。」
手招(てまね)きをしました。猿と狐と兎は、おじいさんの足もとへとんで行きました。
「何か用事ですかね。おじいさん。」
「少し(たの)みたいことがある。何ときいてくれまいか。」
「ハイハイ。どんなお頼みですかね。」
「わしは遠いところからやって来て、大そうお(なか)がすいている。何か食物をもってきておくれ。けれど、わしは見るとおりの老人(ろうじん)だ。おまえたちに何もお礼をするものを持っていない。」
「何のおじいさん、お礼なんぞいるものですか。わたしたちは、みんなこのとおり元気です。」
 おじいさんは、かたわらの石へ(こし)をおろして、
「ではわしがちょいと一眠りするうちに、猿や、おまえがまず一番に何かもってきておくれ。」
 やがておじいさんが、一眠りして眼をさましてみますと、うつくしい木の実が、目のまえに一ぱいならべてありました。
「いや、ありがとうありがとう。」
 おじいさんはうなずいて、
「さて狐や、こんどはおまえの番だ。」
 またおじいさんが一眠りして、()をあいてみますと、みごとな魚が一ぱいならべてありました。
「ありがとう。さてつぎに兎の番だ。」
 おじいさんは一眠りしました。そして眼をあいて見ますと、兎のえものは草の葉が二三枚だけでした。おじいさんは、きげんをわるくしました。
「おまえはこんな草の葉なんぞ持ってきて、この老人を馬鹿(ばか)におしでない。」
 兎ははずかしさに二つの眼を真赤くして云いました。
「いいえ、おじいさん。わたしは毎日草の葉を食べて生きているのです。」
「そんないいわけは今聞きとうない。さあ、もう一ぺん行って、何かさがしておいで。」
 こう云って、おじいさんはまた一眠りしました。やがて眼をさましてみますと、プンプンといい(かおり)のする焼き肉のかたまりがそなえてありました。
「おお、こんどは大した御馳走(ごちそう)だな。」
 おじいさんはすっかりきげんをよくしました。けれど、その御馳走を持ってきたはずの兎は、どこにも見えません。そして、猿と狐とが地べたに顔をふせて、しくしく泣いていました。
「これは一体どうしたことかな。」
 おじいさんは、ふしんにおもってたずねました。すると猿と狐が答えて云いました。「兎は木のぼりすることもできませんでした。また水へ入って魚をとることもできませんでした。わたしたちに火を()かせて、じぶんの身体(からだ)を火の中へ投げこみました。
その焼き肉は、兎がおじいさんへの(ささ)げものなんです。」
 おじいさんは、両手をのばして兎の焼骸(なきがら)()きあげ、
「ゆるしてくれ。うっかりおまえたちの心をためそうとしたばかりに、こんなあやまちをしてしまった。」
と云って(なみだ)を流しました。
 このおじいさんは実は天の神さまでした。兎のからだをかかえて昇天(しょうてん)し、月の世界へていねいに(ほおむ)りました。今なおお月さまの中には、兎の形が見えるという、古い古いお話であります。

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