雲の上            土田耕平


 西の空に、赤いうつくしい雲が、なびいていました。
 二羽の小鳥が、たかい木の上にとまって、さえずっていました。
「行こうよ、あの雲のところへ。」
「あのうつくしい光のなかへ。」
 そして、二羽の小鳥は、いっしょに、とびたちました。
 西の空は、だんだん近づいてきました。小鳥の羽は、黄金(こがね)いろにかがやきました。
 そのとき、一羽の小鳥は、きゅうに、羽の力をうしないました。高い空から、ひとたまりもなく、地べたへ落ちてしまいました。
 けれど、他の一羽の小鳥は、お友達のことには気がつきませんでした。ひとりでずんずんとんでいって、とうとう、雲の(みね)へ行きつきました。
 雲のむこうには、ほとけさまが(すわ)っておいでになりました。
 小鳥は、はとけさまのお慈悲(じひ)にみちた顔をみて、
「一たい、この方は、どなただろう。」
 こういって、ふりむいた時、はじめて、お友達のすがたの見えないのに、気がつきました。()れきった地上から、
「ぼくは知っている。その方はね――」
と、お友達のこえがしました。
「あッ。君はそんなとこにいるのか、どうした。」
「ぼくは、()っちゃった。もう飛べないんだ。その方はね、(だれ)よりも一ばん、とうといお方だ。」
 けれど、雲の上の小鳥は、地上におちたお友達のことに気がつくと、とうといお方のことも、なにも、かんがえているひまがありませんでした。お友達のたおれている、暗がりをめがけて、とんで行こうとしました。そのとき、
「おまちなさい。こちらをごらん。」
というほとけさまのこえがしました。
 見ると、ほとけさまの(むね)にいだかれて、一羽の金色(きんいろ)の小鳥がよろこばしそうにしていました。それは、今の今、暗い地上から、こえのきこえたお友達でした。まあ、いつのまに、羽のきずついたお友達が、とんできたのでしょう。びっくり目をみはっていると、お友だちの小鳥は、ほがらかなこえでいいました。
「君が、きずついたぼくを、すくおうとしてくれた慈悲のこころを、ほとけさまが知ってくださったのだ。羽なんぞ(きず)ついても、自由にとぶ力をあたえていただいたのだ。」
 地上は、もうまっくらになりました。けれど、雲の上の世界はいつまでも、きえることのないひかりにみちていました。二羽の小鳥は、ほとけさまの胸にいだかれて、黄金色の光の中に永く生きていました。

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