仙人(せんにん)(ねずみ)    土田耕平

一匹の鼠がどぶのふちであそんでいますとにわかに空からバサバサという音がして大きな黒いものが下りてきました。それは一羽の(とんび)で、鼠が逃げようとするひまもなく、いきなりとがった爪でひっつかみ、空へ昇ってゆきました。
 するとまた一羽の鳶がよこあいから飛んできて、その鼠をよこどりしようとしましたので、二羽の鳶は、大空でけんかをはじめました。そのひょうしに前の鳶は鼠を取りおとしてしまいました。
 鼠は何百(しゃく)もある空中から、とんぼがえりをして地に落ちました。そこは深い山の中で、ある徳の高い仙人が、(ぎょう)をしているところでした。
 鼠はあまり高いところから落ちたので、目もくらみ、息もたえだえになってしまいました。仙人はそれを見て大そう(あわ)れに思い、手に取って「フッ」と息を()けますと、みるみる元気づいてきました。鼠は大そう喜んで、この仙人の所に、いっしょにいることにいたしました。
 するとある日のこと、大きな猫がきて、鼠を取ろうとしました。鼠はびっくりして仙人の(ひざ)にかけあがりましたので、仙人は、
 「おおかわいそうに。よしよし、それならおまえを猫にいじめられないようにしてやろう。」
と、何かしきりに口の中でおまじないを言いますと、ふしぎや、鼠の身体はムクムクと大きくなって、いつしかおおきな猫になりました。それを見てさきの猫はどこかへ逃げて行きました。
 しばらくたちますと、ある日のこと大きな犬が来て、いきなり猫を追いまわしたので、猫はびっくりぎょうてん仙人の膝にかけあがりました。すると仙人は、また何かおまじないを唱えて、今度は大きな犬にしてしまいました。
 鼠から猫、猫から犬、もう今度はこわいものはないぞ、と、犬になった鼠は、毎日毎日森の中を遊んであるいていましたが、ある日とんでもないこわいものにあいました。それは犬よりももっともっと大きい、強い、そして鋭い爪と()をもった(とら)です。犬はびっくりして逃げ帰りましたが、それから後は毎日外へ出るたびに、虎に追いまわされますので、こわくてたまりません。そこで仙人にこのことを(うった)えますと、仙人はまたおまじないをとなえて、大きな虎にかわらせてしまいました。
 今度こそはいよいよこわいものがないので、虎は毎日得意(とくい)そうに林の中や村の道を歩いていました。それを見た人々や、森のいきものは、
 「ヘン、何だいあの虎め、あいつはもとは鼠だったんだ。それがあの仙人のまじないで虎に化けたからって、あの威張(いば)ったつらはどうだい。」
 と口々に悪口をいいました。
 虎はそれをきいて残念がり、あの仙人さえいなければこんな悪口もいわれないんだ。とだいじな恩を忘れてある日いきなり仙人をかみ殺そうとしました。仙人はそれを見て口早におまじないをとなえました。するといきおいこんで飛びかかった大きな虎は、小さくちぢまってもとの鼠にかえってしまいました。そのとたん、鳶が大空から飛び下りてきて、さらって行ってしまいました。

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