椿咲く島    土田耕平

 
  伊豆の大島へ行くと、いたる所に椿(つばき)の木がおい立っておりますが、この木は冬のうち美しい花が咲いて、人の目を楽しませるばかりではありません。その実からはたくさんの油が取れます。大島の女は、毎日この油をつけますから(かみ)の毛はふさふさと気もちのよいつやをしております。
 この島にどうしてこんなにたくさんの椿があるかというに、それについて面白(おもしろ)い話があります。
 ズッと昔のことです。
 ある日、朝からひどいしけが来て小さい草屋根の家々は吹き飛ばされるかと思うばかり、岸に(くだ)ける波の音はどうどうとたえ間もなく地をゆるがし、その恐ろしいありさまはなんにもたとえようもありません。
 島の人々は安き心もなく、ひたすら海のなぎるのを祈っておりました。昼すぎになって少し風が静まって来ましたので、男たちは外へ出て空の雲行きを眺めていますと、海べの方で、
 「難船(なんせん)だ!」
というけたたましい声が聞えました。つづいてあちらからもこちらからも、難船々々という声が伝わって来ました。
 親切心に富んだ島の人々は、今までの恐ろしさも忘れて、女もこどもも皆外に飛び出しました。
 浜へ出て見ると二三町沖に一そうの千石船(せんごくぶね)がただよっています。少し風はなぎたけれども、まだ山のような波浪(はろう)が押し寄せ押し返しております。さすが大きな千石船もちょうど風に吹かれる木の葉のようにさかまく波にほんろうされて、あやうくくつがえろうとすることいくたび、どうしても岸に着くことができません。
 すさまじい波の音のたえまたえまには、オーイ助けて! と呼ぶひめいが船の上から聞こえて来ます。
 この時つなが一本あればたやすく船をひき寄せることができるのだが、その(ころ)米のなかった大島には、(つな)というものが一本もありませんでした。島の人々は、ただ気があせるばかりどうすることもできず、ただオロオロと浜をはせまわっておりました。
 その時、ひとびとにまじって浜に出ていた一人の女が、ふいに大声をあげて、呼びました。
 「みなさん、よいことを考えました。船を助けることができます。」
 みんな「なんだなんだ。」 といってその女のまわりに集まりました。
 女は自分の長い髪をにぎって申しました。
 「わたしどもの髪を切りましょう。それで綱を作りましょう。」
 「それがよい。それがよい。」
 と、そこにいあわせた女たちは即座(そくざ)にさんせいしました。そして、()しげもなく大切な髪の毛をみな切ってしまいました。
 その髪の毛を集めて一本の綱を作り、千石船に投げてやりますと、島の人々の一心がとどいたものかたやすく船をひき寄せることができました。
 あぶない命を救われて船の人々は涙を流して喜びました。つぎの日風がまったくやわらいだので厚く礼をのべてこの島を立ち去りました。
 この話を耳にした天の神様は、島の人々の親切なのに感心し、たくさんの椿の木をうえてやりました。そしてその実をしぼって油を取ることも教えてやりました。
 島の女たちが、その油を頭につけると、いぜんにまさる美しい髪がのびてきました。
 大鳥に椿の木のたくさんあるのは、そして女の髪の毛のうるわしいのは、昔こういういわれがあるそうです。気もちのよい話ではありませんか。
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