(あし)(ふえ)    土田耕平

 むかし飛弾(ひだ)の山(おく)葦丸(あしまる)という子がありました。ふたおやに早く別れてだれ一人たよりにする人もなく、毎日たきぎとりをして自らくらしをたてておりました。
 葦丸が十五(さい)の秋のことでした。いつもの通り山へ分けいって仕事を始めましたが、その日はなんとなくからだがだるくて手足が思うように動きません。
 「今日はどうしたのだろう。別にぐあいも悪くないのに少しもからだが自由にならない。」
とつぶやきながら葦丸は、なたを投げすてて()の下のしば原へどっかりすわりました。
 静かな暖い日で空はあいを流したように晴れわたっていました。時に(こずえ)を動かす鳥の声より外に聞こゆるものとては何もありません。葦丸はうっとりとしてひなたぼこりを楽しんでいましたが、やがてたまらなく眠くなってきました。
 そのとき遠く遠くふしぎの物音が聞こえてきました。始めは葦の葉がそよぐような音ばかりが耳につきましたが、やがてだんだん調子がそろってきてなんともいわれぬ美しい笛の音に変りました。
 葦丸はつと起きあがってしばらく耳を(かたむ)けていましたが、そのまま笛の音の聞こえる方へ足を向けました。森を抜け岡を越え五六(ちょう)もきたと思う(ころ)、葦丸は始めて笛の主を見とどけました。
 それは小さな沼のほとりに、一人の美しい女の子が立っておるのでした。沼にはたくさんの葦が生えていました。女の子がその葦の葉を巻いてくちびるにあてると、たちまち美しい笛の音が(ひび)きわたりますのです。
 葦丸はふしぎなことに思って、岩かげに身をかくしてじっと女の子の姿に見いっていました。
 女の子はいく枚もいく枚も葦の葉を取っては吹き鳴らしていましたが、みな気に入らないというふうで沼の中へ投げすててしまいました。やがて十五六枚も投げすてられたのち、こんどは今までにない清い凉しい音が聞かれました。
 女の子も始めてまんぞくしたらしく、一心にその葦の笛を吹き続けました。細い糸のような笛の音は、だんだん高くなって山一ぱいに響きわたるように思われました。
 と、どこからともなく数かぎりないけものの群がかけだして来て、女の子を取りかこんでおどりだしました。
 その中には(さる)(きつね)(くま)(とら)もあらゆるけもののたぐいがまじっていましたが、それがみな笛の音に調子を合わせて面白(おもしろ)おかしくおどり立つさまに、葦丸は我を忘れて岩かげからとびだしました。
 そしてけものの群にまじって自分も夢中(むちゅう)になっておどりまわりました。何時間過ぎたか(おぼ)えもなく、ただもう心が浮き立ってむやみとからだを動かしていましたが、そのうちにハタと笛の音が止まりました。
 すると今までおどりくるっていたけものの群も、一度におどりをやめてちりぢりばらばらにとび去ってしまいました。そして女の子と葦丸ばかりが後へ残りました。
 女の子ははじめて葦丸のいたのに気がついたらしく、(おどろ)き顔に葦丸を見つめていましたが、たちまち身をおどらし沼の中へ飛びこんでしまいました。
 「アッ」
と葦丸は声を立てるはずみに目がさめました。それは(ゆめ)でした。
 自分の身は前通りしば原の上に横たわっており、空は青々と()みわたっております。葦丸は眠い眼をこすりこすり立ちあがって、仕事に取りかかろうとしましたが、また女の子の笛が聞こえてくるように思われてなりません。
 そこで葦丸は夢に見た方角をさして五六(ちょう)も行って見ますと、原のくぼ地に小さな沼が見つかりました。ちょうど夢に見たように葦が一ぱいにしげっていました。
 しかし女の子もいなければ、もとよりけものの群もおりませんでした。葦丸は葦の葉を一枚取って笛の形にこしらえて吹いて見ますと、えもいわれぬ音が出ます。
 しばらくの間葦丸は自分の笛に聞きほれていましたが、やがてひとりうなずきながら、沼の葦の葉を両手に一ぱいつみ取りました。
 それを家に持ち帰った葦丸は、たくさんの葦の笛をこしらえて遠い旅に出ました。葦丸の吹き鳴らす葦の笛は、不幸な人の心を限りなく喜ばせました。
 葦丸は旅から旅へ、一生をおくって、果ては越中(えっちゅう)の山奥へ身をかくしたと申します。その時はたくさんけものの群にかこまれて仙人のようなありさまに見えたそうです。
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