雪に(うも)れた花吉さん    土田耕平

 あるかたいなかに花吉(はなきち)さんという親もなければ(つま)も子もない(ひと)り者が住んでいました。
 花吉さんはたきぎ取りをして日を送っていましたが、正直でよく働きますので村の人たちにかあいがられました。
 ある日のこと朝から雪がチラチラしてきましたが、若い元気な花吉さんはそれにはかまわずなたを持って山へでかけました。
 花吉さんが仕事をしているうちに山は(はげ)しい吹雪(ふぶき)になってきました。それでも花吉さんは平気でうたをうたいながら仕事を続けました。やっと大きなたきざの束をこしらえて背中へせおいつけ山を下りかけました。
 ところがいつの間にやら吹雪は野を()め谷を埋め道さえわからなくなっていました。これにはさすがの花吉さんも困ってしまいました。
 花吉さんは村の方角をめざしてとぼとぼと歩き出しましたが、なにぶん雪が深いので思うように足が進みません。そのうちに日が暮れて暗くなりました。花吉さんはたきざをせおったままぼんやり雪の中に立ち止まりました。
 花吉さんはもう自分は死ぬのだと覚悟(かくご)しました。だんだん気が遠くなって何のみわけもなくなりました。
 と花吉さんの目は(ゆめ)からさめたようにパッチリ開きました。見るとそこは雪のトンネルで、自分の前には一寸法師(いっすんぼうし)が立っていました。
 「ここはどこだね。」
と花吉さんはたずねようとしましたがどうしても物が言えませんでした。
 一寸法師はクルリと花吉さんの方へ背中を向けて歩き出しました。花吉さんは何の考えもなくその後へついてゆきました。
 雪のトンネルは長く長く続きました。花吉さんには一里もあるかと思われました。ようやくトンネルがつきて氷のとびらが見えた時、一寸法師は花吉さんの方をふりむいて、
 「あの中へおはいりなさい。」
といいました。
 花吉さんは氷のとびらをあけて中へはいりました。そこには氷ずくめの(へや)の真中に、小さな()があって一人の美しい女の人が火にあたっていました。
 花吉さんは身ぶるいするほど(おそろし)くなりました。あわてて室の中から逃げ出そうとしましたが足が少しも動きませんでした。
 女の人は花吉さんの姿を見て、
 「もっとそばへおいでなさい。」
といいました。花吉さんはおそるおそる()のそばへ寄りました。するとまた、
 「せおっているたきぎを一本ずつおくべなさい。」
といいました。
 花吉さんは、はじめて気がついて見ると、雪の中で気を失っ時のままたきぎをせおっているのでした。
 花吉さんはいわれるままに一本ずつたきぎをくべはじめました。女の人は(だま)って火にあたっていました。二人は何もいいませんでした。そして幾日(いくにち)も幾日も過ぎました。
 とうとうたきぎをくべつくしてしまい最後の一本を(まる)に投げ入れた時、女の人は花吉さんにむかって、
 「もうお帰りなさい。」
といいました。
 花吉さんは後をも見ずに氷の室をとび出しました。
 見ると、雪のトンネルはいつの間にか消えうせてしまってあとかたもなく、暖い日がポカポカ照らしてうぐいすがないております。ふり返って見ると、今まで花吉さんがたきびをしていた氷の室もなければ女の人の(かげ)も見えません。
 あたりには草がもえ花が咲いてたのしい春景色(けしき)です。しかもそこは花吉さんがたきぎ取りの帰りに、雪に降りこめられて気を失ったところでありました。
 ふしぎに花吉さんは命拾いしました。しかしせおっていたはずのたきざはどうなったものか一本も残らず無くなっていました。
 村の人々は、死んだとばかり思っていた花吉さんが無事(ぶじ)にかえりましたので喜び合いましたが、花吉さんはぼんやりした顔つきをしていてなにもいいませんでした。 
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