お正月のうちは、毎晩、親せきのいとこたちや、近所の幼いお友だちがあそびにきまして、一しょにみかんをむいたり、カルタ遊びをしたり、夜のふけるのも知りませんでした。それが、もうお正月の三日もとうにすぎて、だれもこなくなりますと、急にしんとしたようで、さびしくなりました。
私は(そのころ七八歳の私は)おばあさんと二人きりで、田舎町の古い家にすんでいました。物を売る店通り一すじだけの町で、その少しにぎやかな通りから、奥 まった小路の突きあたりに、私の家はありました。しずかな夜は、通りを歩く人の下駄の音を、はっきりきくことができました。カラコロ、カラコロと、こおった土にひびく下駄の音、やがてその一つが小路へ入ってだんだん遅くなりますので、だれか私の家へくるのかなと思って、待ちごころでいますけれど、それはみんな、向こうどなりまできて消えてしまうのでした。
電燈をひくくおろしたこたつに、おばあさんと私は、むかいあいにあたっていました。おばあさんは、大きなめがねをかけて、シャツの破れかなどつづくっています。私はお正月のおみやげによそからいただいた絵本を、くりかえしくりかえし見ふけっているうちに、もうそれもあきてしまいました。夜ふけのさむさは、ぞくぞくと背なかにしみてまいります。
「おばあさん、寒いよう。」
私は絵本をふせてしまうと、何だかしょざいなくなって、はなたれごえを出すのでした。
「ほんに寒いぞの、ふとんをしいて寝べえか。」
「いやだ。」
私はかぶりをふりました。
「じゃ、餅でも焼いてやるべえか。」
「いんにゃ。」
お正月のうち、何やかや食べすごして、欲しいとおもうものもありませんでした。
「ウフッフッ。坊はもう正月がすぎたんで、つまらねえだろ。待ってな。今に春になりゃ、お寺まいりにでもつれてゆくべえ。」
おばあさんは、こんなことをいいながら、セッセとつづくりの針をはこんでいます。私は、こたつに頭をのっけて、少しねぶたくなっていますと、やがて、夢のように、
チリンチリン、カランカラン
とふり鈴の音が、通りの方からきこえました。ほがらかな玉をころがすようなこえで、なむあみだぶ、なむあみだぶとお念仏を申してゆくのがきこえました。
「あゝ浄真さんだな。」
おばあさんは、口の中でつぶやくようにいって、浄真さんのお念仏がきこえているうちに、小声でいっしょにお念仏を申していました。
浄真さんは、町はずれの小高い山の上にあるお寺の尼さんです。私がおばあさんとつれてお寺まいりにゆきますと、若い細おもての顔にいっぱい笑みを浮かべて、あいそうよくしてくれる尼さんです。寒になってから、浄真さんは、まいばんまいばんあの山の上からお寺から、修業におりてくるのだと、私はおばあさんから聞いて知っていました。だから、まいばん同じ時刻にやってくる浄真さんのお念仏は、時計が八時になって、チンチン八時をうつのをきくと同じように、幼い私にとって何のふしぎもありませんでした。
今に春になりゃ、お寺まいりにいくべえ、とおばあさんのいったことを、思ってみて、私は、からだのうちが何となくぬくもってくるような、気がいたしました。
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