けんか 土田耕平
(一) 土曜日のお昼すぎのことだった。学校からかえって、御飯をたべてさあ何してあそぼうかなとおっていると、 「 こういって、表でおれの名をよぶこえがした。 伊平は今学校のかえりと見えて、首たまへ 「うん、よし。で、 「むろん、おいらの大しょうだ。 「そうか。おめえはどうする?」 「よびにきたおれが、行かねえちゅう法があるめえ。」 「けれどおめえ、これから家へいって、めしなんか食べていちゃ、問にあわねえぞ。」 「うんにゃ、めしなんかどうでもいい。」 「でも腹がすいていちゃ、はたらけめえ。」 「じゃ、ちょっくら、かっこんでいくべ。」 生垣の内と外で、おれと伊平はこんな問答をした。話がすむと、伊平はとっとと走っていったが、角屋のまがりかどのところで、こっちへくるりむいて、またおれをよんだ。 「広次。」 「何だ。」 「あの、松夫もつれてこいって、寅がいっていたぞ。」 「うん、おれがつれて行く。」 ヒョロ高はとんでいってしまった。おれは家の中へ入って、 「お母、あそびにいってくるぜ。」といっておいて、外へとび出した。 おれは遊びにいくのじゃない。ほんとうはけんかに行くのだ。おいらの それをおいらは戦争といっていた。そのじぶんは、 「 「丑が田辺村のだれそれに馬鹿にされたそうだ。ほうっておいちゃ、おらの こんなことをいい出すのは、いつもきまって寅だ。寅は伊平のように、たけ高じゃないけれど、ずんぐりして力が馬鹿につよかった。おいらはみんな寅のいうことは、きかなくてはならなかった。 (二) きょうのけんかは、何がもとで始まったのかおれは知らない。知らなくてもかまわない。ただひきょうのまねさえしなければいいのだ。みんな、もうお堂へ集まっているというのだから、おれは気がせいたけれど、松夫をつれて行く約束がある。しかたがない、松夫の家の前へ行って、よび出した。おれがよぶとすぐに出てきたが、けんかだときいて、きゅうに顔いろがかわった。松夫は 「田辺村のやつら、いく人来たって、ちっともこわいことあねえ。いいから、おれのうしろについてきな。おれが こういうと、松夫の白い顔に、ちょっと赤味がさした。そして、何かぶつぶついいながら、おれのうしろについてきた。 お堂は、村のはずれの小高い 「なぜ、もっと早くこねえ。えらく待っていたぞ。」といった。 「これより早く来られるけ、伊平にきいて、すぐやって来ただ。」 「でも、ヒョロ高はとっくにきているじゃねえか。」 「そうかも知れねえが、おれはこれでも、松夫をよばってきたんだ。」 寅はおれのうしろに、ぼんやり立っている松夫の方をにらみつけた。何かいうのかとおもったら、何もいわなかった。 それから、おいらはみんなお堂の 人数をかぞえてみると、みんなで二十一人いる。寅の軍が十人、おれの軍が十一人と分ける。松夫はおれの軍に入れた。 「大手が十人じゃ、少ないだろ。もちっと、ふやせ。」 とおれがいうと寅は、 「おれの方にゃ、年かさのものがいるからいいや。それよりか、おめえの方は、遠まわりをするんだから、ぐんと足をのさなくちゃいけねえぞ。」といった。 「むろんだ。けれどな、からめ手があんまり早すぎちゃ、いけねえ。大手が戦争最中のところへ、とびこまなくもゃ。だから、おいらがいくまでおめえの方は、十人でもって、田辺方みんなとはりあうんだがいいか。」 「いいってことよ。」 寅はつよそうにいった。 それから、みんな用意してきた手ぬぐいで鉢まきをした。うしろの方できりきりこまむすびにする。いい気もちだ。 (三) お堂の森を出て、寅の隊とおれの隊とはべつべつの道にわかれた。おれたちは、 あぜ道が少しひろくなったところで、隊を二列にした。松夫はおれと並ばせようとしたけれど、うしろにくっついていて、どうしても前へ出ない。まっさおな顔をしていて、わらいもしない。 「こわいのか?」 ときくと、首を横にふった。けれど、ほんとうは やがて、道をずんずん行くと、桑畑がとぎれて、たんぼになった。寅の隊が、むこうの岡の上を進んでいくのが見えた。おたがいに手をあげて、あいずをする。寅の隊で唱歌をうたっているようだから、おれの隊でもうたった。そうすると、丑が伝令になって走ってきて「唱歌なんか、うたっちゃいけねえ。」といった。 「なぜいけねえ。寅たちもうたっているじゃねえか?」というと、 「大手の軍は、敵に見つかってもかまわん。からめ手は、こっそり敵に知れねえように、行動せにゃならん。」 丑は寅のまねをして、えらそうなことをいった。けれどまったくそれにちがいないから、唱歌をうたうのはやめにした。 たんぼをぬけると、草原になって、むこうに田辺川の 「待て、 堤の上へのぼった。おれは、みんなを草の中へかがませておいてひとりで川をわたって、敵のようすを見に行くことにした。すると松夫はやっぱりおれのうしろにくっついてくる。しかたがない。つれて行った。 田辺川は、川はばが五、六けんあってかなり大きい川だが、水はちっとしかない。河原の砂のあいだをちょろちょろ流れているくらいのものだ。わたるのはぞうさない。むこう岸へはいあがって、 敵はもうとっくに進んできているぞ。おれは、ふっとそんな気がした。ぐずぐずしていちゃ、いけない。寅の軍がやられてしまう。おれは大急ぎで進軍と決心した。松夫にいいつけて、みんなをよびにやろうとしたが、松夫は一人で歩くのはこわがって、どうしても立って行かない。じゃおれが行こうと立ちあがると、伊平の顔が、むこう岸の草の中から、ひょっくり見えた。早くこいと、手であいずをした。みんないっさんに、川をわたってきた。 四 おれは、みんなにいってきかせた。 「さあ、これからだれもしゃべっちゃいけねえ。だまって、おれのあとへついてくるんだ。もしか敵がいたら、いっしょにとっかかれ。いいか。」 みんな、「うん。」といった。 堤の上には、 おれは、むりやりにささをおしわけて、からだを前にのりだして見たら、すぐ下のところで、とっくみあいがはじまっていた。こっちは十人で、むこうは二十人あまりだ。一人に二、三人ずつ取りかかっている。味方は大ていのやつが、 おれは、いきなり、一間半ばかりあるどての上から、とびおりた。頭がガンとした。すると、おれのあとから、また一人とびおりたやつが、おれの頭をのりこして、前へのめった。だれかとおもったら、松夫だった。松夫がまさか、とびおりようとはおもわなかった。敵の一人が、松夫にむかってきた。松夫はひょっくりおきあがって、逃げ出しそうなかっこうをしたが、急にむきなおって、むしゃぶりついて行った。敵はふい打ちをくって、びっくりしたようだったが、じきに足がらをかけると、松夫を押したおしてしまった。 おれは、さっきとびおりて、しりもちをついたままぼんやりしていた。松夫がたおされたのを見て、パッとはねおきて、砂をけってとんでいった。敵のえり首をつかまえて力一ぱいひっぱると、そいつは、あおむきにひっくりかえった。 それから、おれはやたらむしょうにあばれまわって、敵を一人ずつひき そのうちにだれかおれの足をすくったやつがある。ふいをくって、バッタリ倒れた。すると大きなやつ三、四人がかりで、上からおさえつけてしまった。 おれは、あおむきに押さえつけられたまま、ふと堤の上を見たら、ささのあいだから、ヒョロ高がこっちを見おろしていた。そのうしろに、まだみんな立っているようだ。 「それっばかりのところから、とべねえのか。早くあっちをまわってこい。」 おれがいうといっしょに、伊平の顔はひっこんでしまった。おれは、 「みんな、しっかりしろ、 あっちこち見まわして、 「うそだい。」 「だれもこないや。」 なんといっていたが、そのうちにみんな一度においらをおさえていた手をはなした。 「来たぞ、大きなやつらが。」 敵は急にバラバラ逃げ出した。川下へまわった伊平のなかまがやってきたのだ。 (五) 「逃げるじゃねえぞ。」 敵の中で強そうなやつが、さけんでいるけれど、もうだめだ。どんどん逃げていってしまう。おいらは、あとから追いついては、大きなやつを すると、おれのうしろで急にワァッと泣き出したやつがある。松夫だ。 「どうした。傷でもしたのか。」 ときくと、松夫は顔をおさえていた片手を、おれの方へさし出した。見ると小指のところがちょっとすりむけている。 「それっばっかのことで、泣くじゃねえ。見ろ、丑は 松夫は丑の方を見て、まだオイオイ泣きつづけている。おれは、松夫の泣き声が田辺方にきこえやしないかとおもって、気が気でなかった。けんかには勝っても、仲間のうちに泣いたやつなんかあったら、 寅がそばへきて、 「ばか。」 それから、みんな勢ぞろいして、こんどは二十一人一所になって、唱歌をうたいながら、お堂へひきかえした。 丑が鼻血を出したほか、大てい手や足をすりむいていたが、 もう夕方で、杉の木のあいだから、赤い夕日がさしこんでいた。おいらは、お堂の縁へ腰をかけているうちに、ひどくくたびれてきた。 「もう、かえるべえか。」 とだれかがいった。けれど寅がだまっているので、勝手にかえることはできない。 「戦争に勝ったのはおめでてえが、泣いたやつがあったからなあ。」 寅はこんなことをいい出した。おれは松夫をうしろにかばいながらいった。 「そりゃ、松夫は泣くことは泣いたにちげえねえさ。けれどだれもほかのやつら、とびおりなかった堤をとびおりたからな。」 寅はだまっている。みんな、困ったような顔をして、おれと寅のまわりに立っている。そのとき、杉のあいだからさしていた夕日が、かげってしまって、あたりはきゅうにくらくなった。 「じゃ、かえるべ。」 寅がいったので、おいらはまあよかったと思った。お堂を出て、別れ別れに家へかえった。 |
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