木樵(きこり)(ゆめ)    土田耕平

      上
 木樵の大作さんが、ある日のこと、(のこぎり)でごりごり木をきりながら空を見上げますと、お日さまが、にこにこ楽しそうな顔をして、こちらをながめております。
 「ああ、ああ。お日さまは、うらやましいな。大空から高見の見物で毎日のんきにくらしておるのに、わしは、(あせ)みずくで働きとおし、何のおもしろいことはなし。お日さまになりたいな。ああ、ああ」
 大作さんは、鋸をなげすてて、お日さまの方へ、手をさしのばして、ぼんやり考えこんでいますと、そのうちに、きゅうに身体がかるくなって、スウッと空の高くへ(うか)かびあがりました。太作の願いはかなって、お日さまになってしまいました。
 大作さんのお日さまは大よろこび、もはやこれからは、何の気苦労もなく、大千世界をながめくらして、楽しみのかぎりであるわいと思っておりますと、そのとき、まっしぐらに黒く大きなかたまりのものがかけてきて、あたりを(つつ)んでしまいました。どちらを向いても、まくらがりで、何を見ることもできません。
 「だれだ、だれだ。この眼ざわりものめが、わきへ退()いてくれ。」
といいますと、
「わしは雲だ。空をかけまわるのが雲の仕事だ。お日さまであろうとお月さまであろうと、遠りょなどしていられるものか。行きたいところへ行くのだよ。」
 とあらっぽいこえで答えました。大作さんのお日さまは、なるほど、こやつは雲か、言い分をきいてみると、お日さまよりも雲の身分の方が一(だん)上だ。同じこと空で暮らすなら、雲になって見たい。「やれやれ、雲になりたいな。雲になりたいな。雲になりたいな。」
 と思いつづけていますと、いつともなく、からだがとろけたように、らくらくと動き出しました。気がついてみると、いつのまにか、大作さんは雲になっていました。
 お日さまから雲に身変りした大作さんは、自由自在に大空をかけまわろうものと、無上によろこんでいました。ところが、たちまち底冷たいものが、ピュウピュウとからだにぶつかって来ます。そして、おどろいたことには、自分の力で空をかけていたつもりだったのは、このピュウピュウぶつかってくるものに、あちこち()しまわされていたので、自分の思う方角へ動くことなどは、少しもできません。
 「おいだれだ。お日さまよりも(えら)いこの雲の王さまを、ないがしろにするやつは。」
 と雲の大作さんは(おこ)ったこえでいいました。
      (下)
 「わしは風の荒神(こうじん)なんだ。空をかけまわるのが、わしの役目だ。邪魔(じゃま)ものは何でもかでも()きとばして、千里万里もたった一息にとびこして行く。雲なんどに(おそ)れているわしではないぞ。」
 荒っぽいこえで、どなりかえされて、雲の太作さんは、大びっくり。なるほどこやつは風か、大空をかけまわるには、風にこしたことはない。わしも風になりたいな風になりたいなと、太作さんは思っていますと、いつのまにか、からだじゅうがすきすきとして風になってしまいました。
 風になった大作さんは、こんどは思うぞんぶんにかけまわることができました。行きたい方へ行き、もどりたい方へもどり、空の王さまになりすましていました。ところが、ふと気づいたことには、足のさきをちくちくといたくさしとおすものがあるのです。
 「だれだ、だれだ。風大王のおみ足をいためるやつは?」
と風の太作さんが、どなりつけますと、
 「風のおみ足もないものだ。わしは、山の木だから、こうして静かに姿勢(しせい)よく立っている。そこへ、おまえが勝手にやってきて、ざわざわ動きまわるのだ。ちょうどよいぐあいに体操ができて、大きに気持よいから、遠りょすることはない、ときどきやって来なよ。」
 これを聞いて、風の大作さんは、二度びっくり。やれやれ、こやつは山の木か、勢一ぱいわしに力を出させて、やつはよい体操だとすましかえっている。わしは、木になるのだった。風などはまっぴら御めんこうむる。木になりたい。木になりたいと思っておりますと、きゅうにからだがひきしまって、すっきりと高くそびえた木立になりました。
 とうとう木になった大作さんはこんどは風がきてもおどろくことはない、雲がきても困ることはない。お日さまやお月さまの美しい光をあびて、ゆうゆうくらしておりました。
 ところが、ある日のこと、にわかにお(なか)がきりきりいたみ出してたまらなくなりました。何ごとかと見ますと、木樵(きこり)がやって来て、大(のこぎり)でごりごり切りはじめているのです。
 「待て待て。わしは山の大王だぞ。待て。」
 木の大作さんは、(こん)かぎりの声を出したはずみに、ふいと目がさめました。大作さんは、お日さまになったのでもなく、雲や風やまたは木になったのでもなく、山の仕事場で、鋸をかかえて、昼寝(ひるね)の夢を見たのでありました。
 「ああ、わしは木樵で暮らすのが、一番しあわせなのだ。」
 とつくずく考えました。そして、自分の仕事は精出(せいだ)して働き、いらぬ望みなど、もはや夢に見ようともしませんでした。
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