くりげの馬            土田耕平


 あるところに、おじいさんと、三人のむすこがありました。中で、(すえ)っ子のイワンは、いつもぼんやりした顔つきで暖炉(だんろ)のそばにころがっていました。おじいさんは、このイワンを、いちばんかわいがりました。
 おじいさんがなくなりますとき、三人のむすこをまくらもとへ呼んで、
「お前たち、一晩(ひとばん)づつかわるがわるに、わしの(はか)に来て通夜(つや)しておくれ。けれど、イワンはまだ年がいかないことだから、どうでもよい。」 といいました。
 おじいさんをお墓へおさめて、はじめの晩は、いちばん上の兄さんが通夜に行く順番(じゅんばん)でしたが、
「いそがしくて、墓番(はかばん)などできない。イワン、お前かわりに行けよ。」 といいました。
 イワンはおとなしく返事(へんじ)をして、お墓へとまりに行きました。夜中ごろに、地の中から声がして、
「そこにいるのは、そうりょうの兄だろうな。」
といいました。
「いいえ。おじいさん。イワンですよ。」
「おお、そうか。お前、その()ているまくらもとをさぐってごらん。」
 イワンがまくらもとをさぐってみますと、馬の毛が一すじ指にさわりました。イワンは、つまみあげて、かくしへ入れておきました。
 そのつぎの晩は、二番目の兄さんが、とまりに行く順番でした。
「わしもせわしくて、墓番などてきない。イワン、お前かわりに行けよ。」
「あいあい。」
 イワンは、また兄さんのかわりにお墓へとまりに行きました。夜中ごろになると、地の中から、おじいさんの声がしました。
「そこにいるのは、二番むすこだろうな。」
「いいえ、イワンですよ。」
「おお、おお、イワンか。おまえ、まくらもとをさぐってごらん。」
 イワンがまくらもとをさぐりますと、ゆうべと同じように、馬の毛が一すじ指にさわりました。イワンは、ひろって、かくしへ入れました。
 三番目はイワンの番です。夜中ごろになると、また声がして、
「そこにいるのは、イワンか。それとも兄貴(あにき)かな。」
「おじいさん、イワンですよ。」
「そうか。よく来てくれた、まくらもとをさぐってごらん。」
 イワンは、また馬の毛を一すじひろいました。
「おまえは、神通力(じんつうりき)のある馬の毛を、三すじとも手に入れることができた。大事にしまってお()き。運のひらきめになるから。」
とおじいさんがいいました。
「じゃ、おじいさん、かえるよ。」
「ああ、よしよし。」
 イワンは、おじいさんに別れて、家へかえりました。
 そのころ、王さまの愛娘(まなむすめ)に、ひとりの美しいおひめさまがありました。おひめさまは、いつも高い(とう)の間に、おすまいになっていました。たいそう馬がおすきでしたので、十七の年にむこえらびをなさるとき、
「身分の高い低いは言わぬ。騎馬(きば)でひと飛びに、この塔の窓へ()りつけることができた人を、むこにきめよう。」
 こういうおふれを、国じゅうへお出しになりました。よい馬の持ち主、少しでも馬術(ばじゅつ)にこころえのある人々は、自分こそ、美しいおひめさまのむこになろうと意気ごんで、王城(おうじょう)の塔をめざして、乗りこんでまいりました。また、その馬の高飛(たかと)びを見ようとする人々は、何千何万とも知れぬほど、おしよせてまいりました。
 イワンの兄さん二人は、
「えらいひょうばんだ。どんな勇士があらわれることか、ひとつ、見に行こうじゃないか。イワン、おまえはるすばんしておれ。」
「ぼくもつれて行っておくれ。ぼく、馬に乗って、塔の上へ飛んで見せるよ。」
といいました。
「フフッ。ばかものめが――」
といって、兄さんたち二人だけで出かけて行きました。イワンは、むっくり起きあがって、お家の(うら)の広っぱへとんで行って、かくしの中に、大事にしまっておいた馬の毛をとり出しました。三すじのうち、一番みじかいのをとって、指でくるくる()にまいて、ふっと息を()きかけました。すると、みごとなくりげの馬が一ぴき、目から火花をちらし、(はな)の穴から(けむり)をむくむくはきながら、かけ出して、ちゃんと足をそろえて立ちました。
 イワンは、ひらりと馬にまたがり、おひめさまの塔めがけて、かけてまいりました。塔のまわりは、見物の人たちがあり(・・)の子をちらしたように、むれていて、騎士(きし)たちが、つぎつぎに、おひめさまのおられる塔の窓をめがけて、かけあがろうとするたびに、ワァーと(さけ)び声があがりました。けれど、どの馬もどの馬も塔の半分どころまでもかけることはできませんでした。
 そこへイワンの乗ったくりげの馬がかけつけました。イワンの馬は見物の人たちの頭の上を、乗りこえて、さっと塔をめがけて飛びました。高い塔のいちばん上の窓へもう五尺ほどというところで、おしいことに足がとどきませんでした。イワンは、
「よしよし、またあしただ。」
 こういって、すばやく馬をひきかえしました。広っぱまで来ると、馬を乗りすてて、お家の中へ入って、暖炉(だんろ)のそばへ、ごろりと横になりました。
 やがて、兄さんたち二人は、かえってきました。
「なんとすばらしいくりげだろう。」
「そして、あの騎士のみごとなことは。」
などと、今日見てきたことを話しあうのを、イワンは、暖炉のかげから、
「兄さん、その騎士は、ぼくににていなかったかい。」
といいました。
「フフフッ。ばかのいうこと。」
 兄さんたちは、笑って相手にしませんでした。
 つぎの日になりますと、イワンの兄さんたち二人は、
「お前、今日もるすいしておれよ。」
といって、また見物に出かけました。イワンは、兄さんたちのあとから、ひとり、(うら)の広っぱへ行きをした。そして、かくしにしまってある馬の毛を、きょうは三すじのうち(ちゅう)の長さのを取り出しました。指の先で、くるくると()にまきますと、目から火花をちらし、鼻の穴からむくむく煙をはきながら、くりげの馬がかけてきました。それは、きのうよりも、ひとまわり大きくたくましい馬でありました。イワンは、ひらりとまたがって、むちをあてました。
 さて、塔のまわりには、今日も見物の人々が、身うごきもできぬほどおしかけておりました。いくたりもの騎士たちが、かわるがわる塔の窓をめがけて、馬をとばせましたけれど、とてもとても高い塔の中ほどにもとどくことはできませんでした。そこへイワンの馬が、かけて行きました。
「来たぞ来たぞ。きのうの勇士が。」
とみんな叫び声をあげました。イワンの馬は、ひといきに塔の窓をめがけてかけ、もう二尺ばかりというところで、おしいことにふみはずしてしまいました。
「よしよし、もう一日だ。」
 イワンはこういって、急いで馬をひきかえしました。広っぱで、馬を乗りはなして、お家の中へ入ると、暖炉のそばへ行って横になりました。
  やがて兄さんたち二人が、かえってきて、
「なんとすばらしい馬だろう。」
「きのうの馬もみごとだったが、きょうのは、いちだんと見まさりがした。
などというのを、イワンは、暖炉のかげで聞いて、
「ウフッ。‥兄さんたちのあきめくら!」
  こういって笑いました。
 つぎの日、兄さんたち二人は、また出かけようとして、
「イワン、今日は、おまえもつれて行ってやろうか。」
といいますと、イワンは首をふって、
「いいや。ぼく、ほうっておいておくれよ。」 といいました。兄さんたちの出かけたあとから、裏の広っぱへ行って、かくしの馬の毛を、今日はいちばん長いのを出しました。指にくるくるまいて輪にすると、目から、火花をちらし、鼻の穴から煙をむくむくはきながら、くりげの馬がかけてきました。それは、前の二つよりもはるかにみごとな馬でありました。イワンは、ひらりとまたがって、
「ハイヨウ。」
と、いせいよくかけ出しました。
 塔のまわりに、よせかけていた人々は、
「そらそら、勇士が来たぞ。」
といって、イワンの姿を見て、どよめきました。イワンは、馬にひとむちあてると、目にもとまらぬ早さで、塔をめがけてかけました。そして、今日こそ、たしかに、塔の窓へ馬をかけ入ることができました。
 窓の中には、おひめさまがひとり(こし)かけておいでになりましたが、イワンの姿(すがた)をごらんになると、つと立ち上がって、右の小指にはめておられた(きん)指輪(ゆびわ)で、イワンのひたいをつよくお打ちになりました。ひたいから、血がたらたらと流れました。イワンは、さっと、馬を向けかえて、塔の窓からかけ出しました。
 その日、イワンの兄さんたち二人は、
「今日の勇士はとうとう、塔の窓へ乗りつけた。」
「おひめさまのむこぎみになることだろう、なんと果報(かほう)ものだな。」
 などといいながら家にかえってみますと、弟のイワンは、いつものように暖炉のそばにころがっていました。そして、片手でひたいをしっかりおさえていました。
「おまえ、どうした。」
「ぼく、(きず)をしたんだよ。」
「そうか。いねむりでもして、暖炉のふちへぶっつけたのだろう。」
「そうじゃないよ。おひめさまの美しい手で打たれたのだ。」
「ばかもの。(ゆめ)でも見たのだろう。」
 兄さんは、そばへ行って、イワンの手をとりのけて見ますと、ひたいの傷口から金色の御光(ごこう)がさしました。兄さんたちはびっくりして何もいうことができませんでした。
 それから一週間ばかりたちますと、おひめさまから、お(たっ)しがあって、国じゅうの若者はみんなお城へ呼び集められました。イワンも、イワンの兄さんたちもまいりました。
 おひめさまは、お城の大広間へ若者たちをならべて、一人一人にお酒とさかずきをおあたえになりました。イワンは、うしろの方に小さくなっていましたが、おひめさまの目は、すぐにイワンのひたいの傷をお見つけになりました。おひめさまは、走りよって、イワンの手をおとりになって、お父さまの王さまの前へつれて行かれました。
「これが私のえらび出した人でございます。」
 こう申し上げました。王さまは、イワンのぼんやりした顔つき、みすぼらしい姿をごらんになり、ひめの美しい姿と見くらべて、嘆息(たんそく)なさいました。
 おひめさまは、イワンの耳に口よせて、
「どうぞ、くりげの馬を。」
とおっしゃいました。
 イワンは、かくしの中の馬の毛を三すじとも取り出して、くるりと輪にまきますと、目から火花をちらし、鼻の穴からむくむく煙をはきながら、三つのくりげがかけてきました。中でいちばんたくましい馬に、イワンがゆらりとまたがりますと、見る見るその顔かたちは、りりしくかがやきました。大国(たいこく)の王子として少しもはずかしくない姿になりました。王さまのまんぞくは、申すまでもありません。
「おお、そちにひめをあたえるぞよ。」
とおっしゃいました。
「して、なおここに立っている二とうのくりげはだれのものか。」
「わたくしの兄二人のものでございます。」
 イワンは、こうお答え申し上げました。で、イワンの兄さん二人もさっそくおめしにあずかり、王さまの家来になりました。
 
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