つ  ぼ         土田耕平


  ある村に、多助(たすけ)さんという人がありました。毎日、ぶらぶらとなにひとつせずに、暮らしておりました。
 そのうちに、多助さんは、だんだん年がよって来ました。(こし)がかがまり手足がこわばって、それこそ、もう身うごきもかなわぬようになりました。
 多助じいさんは、そのときになって、はじめてこうかいしました。かいなくすぎた、じぶんの一生をかえりみました。
「わしはもう長く生きてはいない。なにか一つなりと、村のためになることをして死にたい。
 こう考えますと、おもたくこわばったからだが、急に軽くなったような気がしました。寝床(ねどこ)から起きあがって、つえをついて、とぼとぼ歩き出しました。そして、多助さんはのらの方へ出かけて行きました。
 多助さんの村は、たいそう(まず)しい村でありました。村の人々は男といわず女といわず、働きつづけておりましたが、田にも畑にもよきみのりがありませんでした。それでみななげきかなしんでおりました。
 そこへよぼよぼななまけものの多助さんが、やって来たのですから、みんなびっくりしました。「何をしに来たのだろう。」「気でもちがったのではあるまいか。」
 こんなことを、ささやきあいました。多助さんは、人々の前へ行って、
「何か仕事をさせて下さい。」「くわをかして下さい。」
などと、頭をさげてたのみましたけれど、だれしも、けげんな顔をして、よう相手になりませんでした。
 多助さんは、つえにすがって、あちこち歩いておりますうちに、すっかりこんがつきてしまいました。ようやくのこと、森の中へはいこむとともにフウッと気がとおくなってしまいました。
「コレ、多助よ。」
とよぶ声に、多助さんは目をあけました。そこには、多助さんのお父さまが立っておられました。もう長い年月すぎて、おもかげさえうすれていたお父さまの姿(すがた)が。
「ああ、お父さま。」 と、うめくようにいって、多助さんは起きあがりました。
「よい。よい。お前の心はよくわかっておる。」 とお父さまは、おっしゃって小わきにかかえていた小さなつぼを、多助さんに(わた)されました。
「このつぼのなかをさぐれば、なんでもお前のねがいごとがかなう。しかし用がすんでもこのつぼを他人にわたしてはいけない。」
 こういって、お父さまのすがたは消えてしまいました。
 (ゆめ)からさめてみますと、多助さんの前に、りっぱなつぼが、ちゃんと()かれてありました。つぼのなかを、さぐってみますと、こまかいつぶのようなものが入っていて、手をうごかすたびに、ぞくぞくふえてくるようにおもわれました。
 多助さんは、つぼをかかえて立ちあがりました。そして、またのらの方へひきかえしてまいりました。ふしぎにも、足かるがると、思いのままに、歩くことも、走ることさえもできました。
「わしは、ほんとに一生のあいだ、何もしなかった。ただ一度お父さまについて、(たね)まきをしたことがあった。」 ふと思い出しましたので、多助さんは、つぼの中からあふれ出るつぶをつかんで、畑といわず田といわず、ばらばらまきちらしました。
 そうすると、たちまち(いね)はみずみずして()をたれてきました。だいこんやいもは、むくむくとふとってきました。やせひからびていた土の色までが、やわらかにうるおいをおびてきました。村人のおどろきはどんなだったでしょう。
 そうしているうちにも、田畑のみのりは、いよいよ目立ってきました。きれいな水が、こんこんとわいてきました。そればかりでなく、ふるびいたんでいた家々がどれもこれも、どっしりとしたあたらしいかまえになりました。
 村じゅうに、山じゅうに、よろこびの声が()ちあふれました。
「皆さん。何かまだ(のぞ)みはありませんか。」
と多助じいさんはしゃがれ声をはりあげました。
「なんの、この上の(のぞ)みがありましょう。ありがとうございました。」
村人たちは、そのとき多助さんの()いほけた姿が、にわかに見ちがえて神のように(おが)まれました。
「では(みな)さん。なまけものの一生をあわれとおぼしめしたら、このつぼといっしょに、わたしをほうむって下さい。」
 こういって、多助さんはつぼをだいたまま安らかに目をとじました。
 村人たちは、多助さんのなきがらを、神とあがめて、ていねいにほうむりました。けれどもつぼだけは、別にとりのこしてしまっておきました。このようなつぼはなにか(また)役立つであろうと思いましたので。
 二年三年は、ことなくすぎました。しかし村人たちは、毎年田畑のみのりがよく、ゆたかになりましたので、むかしのようにせい出して働くことを忘れてきました。お酒をのんだり、悪さわぎをしたりするのが村のならわしになりました。
 いったん()みさかえた村は、昔よりもまだまだ、貧乏(びんぼう)村になってしまいました。
 秘蔵(ひぞう)のつぼをとり出してふって見ても、ゆすっても見ても、なんのかいもありませんしでした。
  

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