きつねの家来(けらい)            土田耕平
  
 海べの草むらに住んでいるきつね(・・・)が、えさをあさってだんだん山の方へ上って行きました。そして、木の間をあちこちさまよい歩いているところをおおかみ(・・・・)に見つけられました。
 おおかみはたちまちとびかかってきつねののどぶえに食いつこうとしました。きつねは()げるすきもなにもありません。
「待ったまった。ちょっと待って下さい。」 とさけびました。
「なに! 待ってくれと。今さらひきょうのことを言ってもだめだ。」 とおおかみがいいました。
「いえいえ、私はいのちを(たす)けて下さいとは(もう)しません。私のいのちはもうあなたにささげました。ただ一つ気がかりなのは、私に大事な家来(けらい)が一人ありますので、どうかひとこと遺言(ゆいごん)しておきたいと思います。」
と、きつねはぶるぶるふるえながら、やっとこれだけのことをいいました。
 おおかみはにがわらいして、
「きさまにも家来があるのか。なんだかうそらしいぞ。名前はなんと申すのじゃ。」
「ウミ(海)と申します。」
「ウミ? へんな名前だな。そんなものがじっさいあるのか。」
「ええ、けっしてうそいつわりは(もう)しません。これからそのウミのところへ、あなたを御案内(ごあんない)いたしましょう。」
「ではきさまといっしょにそやつまでおれのえじきにしてしまうぞ。」
「ハイ。それはあなたのごかってでございます。」
 そこでおおかみはきつねについて海の方へとくだって行をました。
 山のおおかみはこれまで海を見たこともなければ、その名を耳にもしたこともありません。だからきつねの策略(さくりゃく)にかかったとはゆめにも思わず、食べたらどんな味がするだろうなどとみちみち考えていました。
 海がむこうへ見えで来た時、きつねは大きな声で、
「ウミよ、わが家来よ。」 とよびかけました。
 おおかみはふしぎそうに、
「家来などどこにもいないじゃないか。」 といいました。
「あなたにはお見えにならないのですか。あの青い色をしたのが私の家来でございます。」 ときつねがいいました。
 おおかみははじめて海に目をとめました。そしておどろき顔にいいました。
「これがきさまの家来なのか。ばかに大きなからだをしているじゃないか。それに手足もなければ目も(はな)もないぞ。おれにはどうしても生き物とは見えない。」
 きつねはまじめな顔つきで、
「それはあなたが見なれないからでございます。ウミが生き物であり私の家来であるというしょうこをお目にかけましょう。」
といいながら、いそべへおりました。そして波の打ちよせるころを見はからって「ウミよ(きた)れ。」 とさけびました。波のひきかえそうとする(おり)を見て「ウミよさがれ。」 とさけびました。
 おおかみがそばから見ていると、きつねの言葉(ことば)のまにまに海が動くように見えます。
「これは面白(おもしろ)い。今度はおれが号令をかけるぞ。」
とおおかみはいそべかけおり、
「ウミよ来れ。」
さけびました。その時ちょうど波がおしよせていたところでありましたから、おおかみの声がかかるといっしょにドドーッと向こうへひき返して行きました。これ見ておおかみは、
「うぬ、失礼(しつれい)なやつめ。」
 と、やにわに海をめがけてとびかかりました。いくらおおかみだって海にかかってはかないません。たちまち荒波(あらなみ)のために岩かどへ打ちつけられて、身動(みうご)きもならぬけがをしてしまいました。
「どうだ。おれの家来にはおどろいたろう。」
 と、きつねはゆうゆうと自分の()へ立ちかえりました。

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