守り(がき)            土田耕平
  
 かきの木の枝いっぱいすずなりになっていた()が、ある日みなもぎとられて、こずえに守りがき(・・・・)が一つ残されました。守り柿というのは、また来年もたくさんのかきがなるように、守り神さまとして一つ取りのこしておくのであります。いく十いく百とも知れぬ仲間(なかま)のかきが、いちどきに姿(すがた)をかくしてしまって、高い木の上にひとりぼっちとなった守りがきは、ぞくぞくと寒いたよりない気持ちになりました。そのうちに、守りがきのからだはだんだん赤らんで、かたい肉はのりのようにやわらかくなって来ました。守りがきは、毎日うとうとといねむりばかりしていましたが、あの朝のこと、
「うまそうだな。ぼく食べてもいいの?」
「まあ、ほんにおいしそうなこと。早く食べないと今に落ちてしまうわ。」
 こんな声がしますので、何かとおもって目をあけて見ますと、かたわらの枝に親子のからすがとまっていました。
「からすさん。おいしいものって、何かあるのかね。」
と聞きますと、
「ばかだな、こいつは。おまえを食べようといってるのに……」
と、子がらすは、目をくるくるさせながらいいました。
 守りがきはすっかり目がさめてしまいました。
「いけないいけない。わしは大事の守りがきだ。」
とまっかな顔で子がらすをにらみつけました。
 親がらすが、
「ああ、これは守り神さまだったね。ぼうや、食べてはならないよ。」
「なぜ。」
と子がらすは不服(ふふく)そうにくちばしをとがらせました。
「これは食べずにおいて、またたくさんのかきがなるようにおねがいするのだよ、来年も。」
「そう。来年って遠いの?」
「もうすぐだよ。冬になってそれから来年だよ。」
 親がらすが()いたつあとから、子がらすも枝をはなれて空とおく飛んで行きました。子がらすはいくども守りがきの方をふりかえって、いかにも(のこ)りおしいようすでした。
 それからまたいくにちかたったころ、
「やあ!」
と、とんきょうな声におどろかされて、何ごとかと見ますと、いがぐりあたまのわんぱくそうな子供が、木の下からあおむいていました。子供はつと石ころをひろって、こずえめがけて投げつけようと身がまえましたから、
「待てまて、わしは守りがきだぞ。」
といいましたが、ことばの終らぬうちに石つぶてはヒュウと飛んできて、守り柿の一、二(すん)そばをかすめて去りました。
「わしは守りがきだぞ。」
ともう一度いいましたが、子供はかまわずまた石をひろいました。
「これはいけない。からすにもおとっている。」
と守りがきがまっかになっているところへ、たちまち第二の石つぶてが来ましたが、今度は一間(いっけん)もむこうを過ぎて行きました。第三第四のも守りがきのそばへは来ませんでした。
「それ見ろ。」
と勝ちほこった気持ちでいますと、とつぜんはげしいめまいがして、世界がまっくらになりました。ようやくわれにかえった守りがきは、
「とうとうやられたか。」
とおもいましたが、目をあいて見れば別に変わったこともありません。
 さては石つぶてが枝を打ったのだなとさとりました。子供はと見ますと、まだこちらを見上げていますので、
「やっこさん、なかなかこんきがよいわい。」
とおもいました。子供は、
「おお寒い。」
(どう)ぶるいして、やにわにかけて行ってしまいました。まったく寒い空模様(そらもよう)になりました。やいばのような風がピュウピュウと、守りがきのよこっつらを()きちぎるようにかすめてきます。
「これはたまらぬ。」
と守りがきは、小さくなって目をとじました。
 それから寒い日がいく日もつづきました。夜は星空がきらきらとさえ、朝は真白く(しも)がおりて、あたりのけしきは見る見る冬がれにうつって行きます。が、やがて忘れたように、小春のうらうらしたお天気がめぐって来ました。守りがきのからだには深いしわがより、赤い肉がへんにすきとおるようになりました。そして、ひどく力ぬけしたように感じましたけれど、暖いお日さまの光にふれると、やっぱりたのしい心持ちでした。
 その時目にもとまらぬほどの早さで、柿の木のみきをかけのぼって来たものがあります。それはねこ(・・)でした。ねこはひといきに木のてっぺんまでのぼってしまうと、ウウウとうなりながらさか()をたててうしろをふりかえりました。
「ねこさん、いったいどうしたというのかね。」
とことばをかけますと、ねこは守りがきを一目見て、フフンと(はな)であしらったきりでした。守りがきは、むこうの(おか)にふと犬の姿(すがた)を見て、ねこがはげしくかけてきた理由がわかりました。ねこなんてこわそうな顔つきをしていても、ぞんがいおくびょうな動物だなとおもいました。
 ねこはやがてせのびをして、前足のつめでバリバリと(みき)をかきはじめました。
「ねこさん、そんなつまらぬまねはやめな。(きず)がつくじゃないか。」
と守りがきがいいますと、ねこはまた鼻のさきでフフンといったきり、見むこうともしませんでした。
「なんと、ねこさん、わしはずいぶんうまそうじゃないか。食べたくはないかね。」
とからかい半分にいいますと、ねこは長いひげをピクピクうごかして、
「こう見えてもわがはいの食べものは、もうちっと上等なんだ。つまらぬことをいってもらうまい。」
と、たいそういばった顔つきで、かきの木から下りてしまいました。
 ねこなんていばるばかりで、何ののうもありはしない。いつぞやのわんぱく小僧(こぞう)の方が、まだまだとりえがあるというものだ。あの小僧さんまた来ないかしら。ああ、しかし何よりわしの気に入ったのは、先の日に見たあの親がらすだ。あんなものわかりのよいからすがまたあるものでない――守りがきはひとりこんなことを考えながら、はるかの空をながめますと、お日さまが今や山のはしにかくれようとして赤々とかがやいています。守りがきの小さないのちは、お日さまの(かぎ)りない光のなかにすいこまれて行くのを感じました。
「お日さま、もはや私のつとめは終わりました。」 と守りがきはいいました。つぎの朝、守りがきの姿はもうこずえに見えませんでした。

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