谷へ()った話         土田耕平

 むかし藤原陳忠(ふじわらのぶただ)という人がありました。信濃守(しなののかみ)となってその国に久しくとどまっていましたが、やがて(にん)があけて京都へかえることになりました。
 陳忠はじめ家来(けらい)のもの一同はみな馬に乗り、伊那谷(いなだに)をたどって、神坂峠(みさかとうげ)へかかりました。あのあたりは信濃のうちでもとりわけ山が深く、その間を一すじの道がほそぼそと通っているばかりです。あぶないかけ橋を渡ってがけのふちを通りすぎねばならぬようなところもあります。しかし一同のものは、ひとあしひとあし京都へ近づくと思う喜びで胸がいっぱいになっておりますので、道がけわしく馬の足がしどろになるのも心にはとめませんでした。ときどき山の上から深い(きり)のかたまりがおりできます。たちまち人も馬もとじつつまれたと見るまに、霧はさっと谷底(たにぞこ)へ流れてしまいます。そして日の光がきらきらと馬の金具にうつりかがやきます。そのたびに一同のものは、「ワーッ」 と、ときの声をあげました。
 そうして山の霧にたわむれきょうじながら馬をすすめて行きますうちに、あるかけ橋の上にさしかかりました。ちょうど霧のかたまりが流れてきて一同のすがたをとりつつんだ時、陳忠の馬がものにつまずいたはずみに、くらをふみはずして陳忠は、アッという間もなく、霧の流れといっしょにがけの下へころげこんで行きました。
「落ちたのはだれだ。」
殿(との)だ。陳忠公だ。」 と(さけ)びかわす声がしました。
 みな馬からとびおりました。そしてかけ橋の上に腹ばうようにして、谷を見おろしました。今かすめ去った霧がもうもうとしてなにも見定めがつきませんでしたが、やがて霧が(しず)みきってしまうと、谷底いっぱい(すぎ)の木が()い茂っているのが見えました。
高いすぎのこずえがはるか下の方に見おろせるのですから、谷の深さが思いやられます。がけはびょうぶを立てたようにまっすぐに谷底へなだれていて、とても下へおりるてだてはありません。たがいに顔を見合わせるばかり、たれ一人声を出すものもない。今まで陽気(ようき)にさわざながら来た人たちは、うって変わったありさまになりした。
その時、
「オーイ」
という声がかすかに聞こえました。みなかけ橋の上へ乗り出すようにして谷底の方を見つめました。するとまた、
「オーイ」
と呼ぶ声が耳に入りました。声はたしかに谷底のすぎの木の中から聞こえたのであります。
「殿だとのだ。」
「生きておられるのだ。」
 みなの口がほぐれて急にきわぎ立ちました。その時また谷底の方でなにかいう声がしました。
「オイ殿がいわれたぞ。」
「静かにしずかに。」
とたがいに(せい)しあってしばらく耳をすましていますと、
「はたごをおろせ。」
という声がかすかに聞きとれました。(はたごというのは、馬の食物をもるかごのことです。)
 みな声をそろえて「オーイ」とがけの上から呼びかえしました。一同の顔は急に生きかえったようになりました。おのおの(こし)につけていたつなを取り出して一つひとつつなぎ合わせました。そのはしへはたごをしっかりゆわいつけ、谷底へ向けて声の聞こえたあたりを目あてに、そろそろとおろしてやりました。
 (くう)につるされたはたごは、軽くみぎひだりにゆれながら、だんだん下へたれさがって行きます。ふたかかえもあるはたごがつるべほどにちぢまり、やがて手まりほどになったと思うころ、ようやくすぎの木の(しげ)みへとどきました。なおしばらくつなを送っているうちに、人々は急につなの手ごたえがなくなったことを感じました。運よくはたごは陳忠の居場所(いばしょ)へ行きついたものとみえます。
 ほどなく、谷底から、
「オーイ、ひき上げろ。」 という声がかかりました。
「ソレ」 というのでみなのものは、手に力をこめてつなをたぐりはじめました。ところがどうしたのか、はたごは軽くずんずんあがって来ます。人ひとり入っているにしては、あまりにたあいなく引きあがって来ます。
「殿は入っておられるのだろうか。」
「なんだかへんだね。あまりかるすぎるじゃないか。」
などと、つぶやく人もありましたが、そのうちにはたごは見る見るひき上げられてしまいました。(みな)立ちよって中をのぞいて見ますと、陳忠はいないで、ひらたけというきのこがいっぱい入っていました。これには一同あっけにとられて、ことばを出す人もありませんでした。やがてまた、
「はたごをおろせ。」 という声が谷底から聞こえました。
 みなのものは、はたごの中のひらたけをうちあけて、またまた谷底に向けてつなをたぐりおろしました。しばらくしますと、
「あげろ。」 という声、ひき上げてみますと、こんどはつなに手ごたえがあります。
「ヤレヤレ重たいぞ。」 とみな力をこめてたぐり出しました。はたごはだんだんひき上げられて来ました。どっこいしょと、かけ橋の上へ持ち上げたはたごの中から顔を出したのは、まがいもなく殿の陳忠でありました。みな、
「ばんざい!」
(さけ)びました。陳忠ははたごの中からはい出しましたが、あたりをキョロキョロ見まわして、さっき、地べたへうちあけられたきのこを見ると、
「ヤレまあ、そまつなことをしたものじゃ。」
と、くやしそうに、一つひとつきのこをひろいはじめました。
「わしは谷へころげ落ちた時、すぎの枝にヒョイとささえられたのじゃ。かすり(きず)一つ受けなかった。枝をつたっておりて行くと、木のまたにこれこのとおりのひらたけさ。」
 こんなことをいわれますので、家来たちは殿ののんきなのに、あきれてしまいました。
「でもまあ、この大事の場合にきのこなどは――」 と家来の一人がいいかけますのを、陳忠はさえぎって、
「だからおまえたちはだめだ。むかしのことわざに、ころんだところで土をつかめ、ということがある。このひらたけを見てただかえられようか。まだまだたくさんあったのに()しいことだ。」
といいました。家来たちはもうなんにもいわずだまってしまいました。きょうざめた顔をして、それぞれの持ち馬にまたがって、また行列をつづけました。陳忠の心は大胆(だいたん)なのか強慾(ごうよく)なのか、とにかくなみはずれたふるまいが人々の心を喜ばせませんでした。

 *落った:落ちたの意味の伊那谷の方言。


inserted by FC2 system