アイヌの神様 土田耕平
むかし、むかしのこと、造化の神様が、アイヌの国をお造りになりました。そして、国の中をながれている、川という川には、大小さまざまの魚が住み、山という山には、甘い木の実や、すっぱい木の実を一ぱいにみのらせました。
造化の神さまは、そうして、天上界におかえりになって、さて誰かアイヌの国をつかさどる神をえらんで、お下しになろうと考えられました。
見わたしましたところ、多くの神々の中で、一人、からだは小さく、姿もうつくしくはないけれど、これならばと思われる神が見つかりました。名まえは、オキクルミという神でした。造化の神さまは、オキクルミを、アイヌの国へ、お下しになろうと考えられました。
けれど、地上の人間界を治めることは、なかなか、むずかしいことでありますので、その役目をお引き受けするには、くるしい試験をせねばなりませんでした。
まず第一に、寒さの試験です。とても寒暖計などでははかることのできない寒さを我慢することで、からだの肉は裂け、手足の指は、ちぎれ落ちるほど寒いところに、立っていて、もし一寸でも「おお寒い。」などといおうものなら、落第でした。
多くの神々たちは、オキクルミを、そねんでいました。こんな寒さには、とてもオキクルミだって、我慢できないだろうよと、まわりに寄りたかって、ようすを見ていましたが、オキクルミは、何の身じろぎさえしませんでした。
次には、熱さの試験でした。髪の毛が燃えたち、骨が溶けるほど熱いところに立っていて、もし一寸でも、「おお熱い。」などと言おうものなら、落第です。オキクルミは、そんなくるしい目にあっても、じっと耐えおおせてしまいました。これには、神々たちも、オキクルミの我慢づよいのに、おどろきました。
もう一つ、試験がのこっていました。それは、どんなことがあっても、決して笑わないということでした。神々たちは、どうかして、こんどこそオキクルミを笑わせようものと、逆立をして見せたり、赤んめをして見せたり、よいよいの真似をして見せたりしました。オキクルミは、大口あいてアハハハと笑いました。神々たちは、
「ソレ。落第だ。」
と、大よろこびによろこびましたが、オキクルミは平気なもので、
「これは人間界へもって行くお土産さ。ちっとは、人間どもを笑わせてやらなくては。」
といいました。このありさまをごらんになっていた造化の神さまは、心よげに長い髯をなでておられて、何にもいわれませんでした。他の神々は、どうすることもできませんでした。
オキクルミは、いよいよ、地上のアイヌの国へ、お下りになる段になりましたが、「あそこには木の実もゆたかであり、魚もたくさん住んでいるけれど、穀物がなくては困るだろう。」と、天上界にある稗の種を、一つかみにぎりとって行きました。すると、天上界の門番をしている犬が、大きなこえで、「稗ぬすびと、待て、待て、――」
とさわざ出しました。オキクルミは、大そう怒って、「黙っていろ、よけいなことをいわずに。」と犬の口へ、土くれを投げこみました。
そして、「わしと一しょに下界へ行って、猟の手伝いでもしろ。この後、一言だってものをいうことはならぬぞ。」とおっしゃいました。それからというもの、犬は、どんなことがあっても、ワンワン吠えるだけで、ものをいうことができなくなりました。
オキクルミは、下界へお下りになりました。そして、田畑をつくること、銛や梁をこしらえること、薬草を植えることなどを、アイヌにお教えになりました。そこで、アイヌの国は、富みさかえて、たのしい笑いが、ここにもかしこにも絶えませんでした。
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