木仙 土田耕平
むかし支那に張さんという男がありました。張さんはまるきり慾のない男で、ものを蓄えることが出来ませんでした。右から入ったお金はすぐ左へ抜けていました。 ある日のこと、張さんは村はずれの道を一人とぼとぼ歩いていました。道ばたに大きな木が一本、枝をひろげている下をとおりかかりますと、見なれぬ白髪の老人がふいに現れて、張さんの顔を見て、
「おまえはお金が入り用だろう。」
といいました。張さんは朝から何も食べないで、大そうお腹がすいていました。
「何か食べものが欲しいのです。」
といいますと、
「お金さえあれば、食べものなどいくらでも買えるじゃないか。いくら入用だな。」
と老人はいいました。
「三文ばかり。」
「けちなことをいいなさるな。もう一度いいなおしてごらん。」
「では三百文。」 老人は笑いながら、一つの袋包みを張さんの手にわたしました。その中には三百両の金貨が入っていました。
慾のないおろかな張さんは、いつどうして費してしまったとも分からず、その三百両をあとかたもなく失ってしまいました。村はずれの大木の下へ、張さんはまいりました。さきの老人は、ちゃんと待ちかまえていて、また三百両の金貨をわたしてくれました。
張さんはいくらもたたぬうちに、また三百両を水の泡にしてしまいました。もとの着のみ着のままになりました。張さんの足は、村はずれの大木の下へ近づいていました。そこにはさきの老人が立っていました。
張さんは、少しきまりが悪くなって、わきを向いて通りすぎようとしますと、老人は手をのばして張さんの袖をとらえました。
「もうお金は要らんいらん。」
張さんはいいました。
「こんどはお金はあげない。まあこっちへ来なさい。」
老人が大木の幹をちょいとたたきますと、開き戸のように大きな口があきました。 老人は先へ立ってその中へ入って行きました。張さんはあとからついて行って見ますと、広い室がありました。正面の扉をあけると次々に広い室がつづいていました。室の壁には、目のさめるようなみごとな花がかざられ、花ごとに一つづつの星がかがやいていました。数々の室をとおりぬけて、やがて何のかざりもない室へ入りました。
張さんはそのとき、何ともいえぬすがすがしい心地になりました。
「もう地上から三千里遠くじゃ。」
と老人はいいました。
「目をつぶりなさい。わしがヒィ、フウ、ミイと数えるあいだ!」
張さんはいわれるとおりにしました。
「もう三千年すぎてしまった。これでいい、これでいい。」
と老人は満足そうにいいました。
この老人は木の精でありました。そして張さんは、木仙という仙人になりました。
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