あわれな男            土田耕平

 むかし一人の男がありました。(まず)しいくらしの中から、毎日少しづつのお金をためて、三年目には小判(こばん)三つを手に入れることができました。男のよろこびは、たとえようもなく、夕方仕事をしまってから寝床(ねどこ)へ入るまでというものは、三つの小判をなでたり、さすったりしてただもうニコニコしていました。
 ある晩、(ふく)の神が男のところへたずねて来て、
「たいそう、うれしそうな顔つきをしているな。おまえは、そんなに小判がありがたいのか。」 といいました。
 男は小判をふところの中へかしこんで、
「これがありがたくなくてどうしましょう。三年の間、けんやくにけんやくをかさねて、ようやくうみ出したお金ですもの。」
といいました。
「なるほど。」
と福の神がいいました。
「しかし、お金というものは、ためておいたところで仕方ない。おまえは、その金で広い(はたけ)を買おうとは思わないか。私は福の神だ。おまえがその小判三つを出すなら、人のうらやむような大地主にしてあげる。」
 こういわれて男は、なんでいやおうがありましょう。さっそく三つの小判を福の神に渡しますと、福の神は片手(かたて)に小判をにぎり、片手に男をだきかかえて、空高くかけのぼりました。そして、つぎの朝早く、広いひろい畑のまん中へ男をおろしました。
 あたりを見まわすと、麦畑(むぎばたけ)の向うにはいも畑、いも畑の向には(ちゃ)畑、その向うにはくだもの畑というように、どちらを向いてもゆたかな作りものがつづいております。
 福の神は、男の(かた)をたたいて、
「サァ、おまえはこれからどっちへでも気の向いた方に歩いて行くのじゃ。そしてお日さまのあるうちに(また)ここへかえって来るのじゃ。おまえが五()向うまで行って来られたなら五里四方、八里なら八里四方の畑がおまえのものになるのだ。しかしお日さまが西へかくれないうちに、ここへかえって来るのだよ。一ぷんおくれたら、おまえはもうちょっとの土地もえられないことになるからね。」
 三つの小判で、この広い地面がもとめられるとは、なんという幸運(こううん)が向いてきたものでしょう。男は手早く、しりをはしょって、一直線(いっちょくせん)に東の方へ足を向けました。ちょうどお日さまが向うから上って、キラキラかがやきわたりました。男は手をふり足を早めて、わき目もふらずに、トットと歩きました。麦畑を、芋畑を、茶畑を、くだもの畑を、いくつともなくふみこえて行きました。
「これが皆、自分のものになるのだ。作男(さくおとこ)を千人くらい使わなくてはなるまい。」 などと男はみちみち考えて行きました。
 そして、お日さまが、頭の上へ来たころには、福の神のいるところから、十里遠くまで歩きました。さて引きかえそうかな、と思いながら向うを見ると、いよ/\みごとな畑かつづいていますので、男はまた五里ほど歩いてしまいました。
 行けば行くほど、うつくしい土地が目に見えて来ますので、ひどく(のこ)りおしく思いましたが、お日さまのあるうちにかえれという福の神のことばを思い出して、やっとのことで、まわれ右をしました。もうその時は三時ごろでした。
 少しおそくなったと思いましたから、男はかけ足であともどりをはじめました。そして道の半分ほどももどらぬうちに、お日さまは、ズッと西へかたむいてしまいました。むちゅうになってかけつづけて、ようやく向うに福の神が見えた時、お日さまはもう少しで沈もうとしていました。男は息がきれて、いくども(たお)れようとするのを、やっとがまんして福の神の前までかけつけて、そこでバッタリ(あお)れてしまいました。
「ヤレヤレ、おまえはたいしたことをしたぞ。十五里四方とはえらいものだ。」
といいながら福の神は男をだき起しました。あわれや、男は()をくいしばったまま、息がたえていました。

inserted by FC2 system