鼻かけざる          土田耕平

 ある山おくに千びきのさるが住んでいました。そのうち一ぴきのさるには(はな)がありましたが、他の九百九十九ひきはみな鼻かけざるでありました。顔のまんなかにあるべき鼻がないのですから、ずいぶんおかしなかっこうです。
 しかしおたがいにみにくいとも、はずかしいとも思わず、かえって鼻のある一ぴきのさるが、みなからかたわあつかいにされていました。
「おまえは先の世で重い(つみ)をおかしたから、そのようにぶざまに生まれついたのだ。」
などとあざけられて、何をするにも、ほかのさるたちから仲間はずしにされていました。鼻のあるさるは、たしかに自分ひとりだけがちがった顔なのですから、まったく、かたわの生まれだと思い、自分の不運(ふうん)をかなしんでおりました。
 やがてある年のこと、このさるたちの住んでいる山を、神さまがお通りになるということで、九百九十九ひきの鼻かけざるは、みな集まって相談をはじめました。
「あれをどうしたものだろう。」
「みにくい顔がお目にとまって、おしかりを受けるようなことはあるまいか。」
「神さまのお通りになる日には、あれは岩屋(いわや)の中へおしこめておくがよかろう。」
「あれ」というのは、一ぴきの鼻のあるさるをさしているのであります。鼻のあるさるはたいそう悲しみまして、かたわに生まれついた自分はせめて罪ほろぼしに、神さまのお顔を一目なりおがみたいものと、泣くなく鼻かけざるたちにたのみました。それで岩屋へおしこめられることは、ようやくゆるされました。
 そのうちに神さまのお通りになる日が来ました。神さまは雲に()って山の上をお通りになるのですから、さるたちは山でいちばん大きな木へよじ登りました。お顔がよくおがめるように、みな高い枝をめがけて登ります中で、鼻のあるさるだけは下の方の枝に小さくなっておりました。自分のみにくい顔が神さまのお目にとまらぬようにと、木の葉のしげった中からそっとのぞき見しておりました。やがて遠くの空から白雲が流れてきて、神さまの行列がぞろぞろとさるたちの目のまえにさしかかりました。まっさきにたったお供衆(ともしゅう)の顔を見て、鼻かけざるたちはヒソヒソささやきました。
「みんなかたわだぜ。みっともないね。」
 それは、お供衆の顔に鼻が見えたからであります。ところがいよいよ神さまが前をお通りになるのを見ますと、お供衆よりもいっそう高い鼻がおがまれました。さるたちはみな(ゆめ)からさめたような気持ちになりました。神さまは木いっぱいに取りついている鼻かけざるをごらんになって、
「よくもかたわがそろったものじゃな。」
とお笑いになりました。九百九十九ひきのさるたちははずかしさにまっかになって顔をふせました。すると、いちばん下の枝からあおむいている一ぴきの鼻のあるさると顔がむきあいました。神さまとくらべたらずいぶん低いあわれな鼻ですが、鼻は鼻にちがいありません。今までかたわとおとしめていたのが、じつはまったきさるであったことが、その時はじめてわかりました。鼻かけざるたちはキャンキャンなきさけびながら木からかけおりて、鼻のあるさるの足もとへ平伏(へいふく)しました。
 この日から鼻のあるさるは、今までの不運(ふうん)をひるがえして幸運(こううん)第一のさるになりました。しかし、長い間の悲しみで心のねれているさるは、他の九百九十九ひきをかたわあつかいにしてさげすむようなことはけっしてありませんでした。

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