人形つかい        土田耕平


 人形使いの男がありました。大きな箱の中へ、王さま、きさきさま、おひめさま、兵隊(へいたい)、商人、おひゃくしょうなど、さまざまの人形を入れて、それをせなかへしょって、旅から旅をつづけておりました。
 人形使いはじぶんの気のむいたところへ箱をおろして人形芝居(しばい)をはじめました。夏の暑いさかりなら道ばたの森のかげを舞台(ぶたい)にして、そこらに遊んでいる子どもたちを呼びあつめます。それはまったくおもしろい人形芝居で、人形の使い方がなかなかたくみでありましたので、子どもたちには大受けでした。どこへ行って開場しても大入り満員(まんいん)のありさまで、その日の食物に困ることもなく、しごくのんきな旅をつづけておりました。
 ある日のこと人形使いは、町のつじで芝居をはじめました。するとおおぜいの子どもたちにまじって一人の紳士(しんし)見物(けんぶつ)にまいりました。この人形芝居のお客さんといえば、いつだっで子どもたちに(かぎ)りますのに、めずらしくりっぱな身なりをした紳士が見えましたので、人形使いは内心(ないしん)うれしくてたまりません。いっしょうけんめいになって(えん)じますと、見物の紳士はときどき拍手(はくしゅ)をしてその人形芝居をほめますのが、どうも凡人(ぼんじん)ではありません。というのは、その拍手が芝居の急所(きゅうしょ)々々をつきますので、これはかならず芝居で苦労(くろう)した人だわい、と人形使いはさとりました。
 やがて芝居がおしまいになって子供たちはみなちりぢりになったあと、紳士と人形使いと二人だけになりました。
「おまえの(げい)はなかなかみごとだぞ。」 と紳士はなれなれしく言葉をかけて、人形使いの(かた)をポンとたたきました。
「へィ。おかげさまで――「しかしそういうあなたはどなたですかい?」 人形使いはおくびょうらしい目つきで紳士の顔をあおぎました。
「ナニ、わしか? わしは舞台監督(ぶたいかんとく)さ。」
「それではやっぱりお芝居の方で。どうしても凡人ではないと思った――それでお芝居は人形芝居なんで?」
「そんなことはどちらでもよい。人形を使おうが生きた人間を使おうが、芝居に二つはないさ。」
「いいえ、わたしにはその、大きにちがいがあるので。あなたが舞台監督をなさるおえらい方だとうけたまわった以上は、それが人形芝居であろか、ほんとの芝居であるか、ぜひともしょうちいたしたいので。」
「ほんとの芝居、うその芝居というやつがあろうか。わしのはまあ生きた人間を使う方さ。」
 人形使いはこれを聞くとホッとためいきをもらしました。なにふそくなく人形をあやつって世わたりはしておりますものの、ときどきは「ああ自分もほんとの芝居をしてみたい、生きた人間を使ってみたい。」 というのが、人形使いのただ一つの(ねが)いでありましたので、今この紳士が自分には(およ)びもつかぬ生きた芝居の監督だと知って、なんとなく自分の身が悲しまれたのであります。
 人形使いは、散らかっている人形をみな(はこ)の中へしまいこんで(かた)にせおい、しおしお立ちあがりました。紳士はいいました。
「なにもそんなに悲観(ひかん)することはないさ。まあ聞きな。生きた人間もわしがチョイと息をふきかければ人形に変わってしまう。人形もわしの息がかかればたちまち生きて動き出す。わけないことさ。」
 そういう紳士の顔が、気味わるく光でもさしたように(かがや)いて見えました。人形使いは、けれど紳士のことばを信じはしませんでした。人をなぶるのもいいかげんにするがよい、とおなかの中では不平をいいながら、顔だけはニッコリさせていいました。
「どうもありがとう。きょうはこれでおいとましましょう。」
 ふしぎな紳士は、人形使いのせおっている箱へ、フイと息をふきかけました。そして、どこともなく姿を消してしまいました。
 その晩のことであります。人形使いは、とある宿屋(やどや)の一室にねむっておりましたが、夜なかに目をさましますと、まくらもとにおいた人形箱の中でなにかガヤガヤと話し声がきこえます。人形使いはむっくり起きなおりました。耳をよせて聞きますと、箱の中からこんな声が聞こえます。
「わしは王だ。も少し王らしい待遇(たいぐう)をしてくれなくてはこまる。かんむりもこれこの通りすすけてしまったし、くつだってくつみがきの一人くらいはいるというものだ。」
「あなたが王ならわたしはきさきです。一生着のみ着のままのきさきなんというものがあるでしょうか。」
「あなた方はお年よりだからまだがまんもなりましょうが、うら若いひめの身でなに一つたのしみもなく、こんなまっくらがりの箱の中でくすぶっているのはずいぶんつらいことです。」
 じぶんの使っている人形たちが勝手(かって)にこんなことをしゃべり出したのは、もちちん今までに一度もないことです。人形使いは、昼あった紳士のことばを思い出しました。人形が生きたのだ。人形芝居がほんとの芝居に変わったのだ、と思いました。けれど人形使いの心はちっともうれしいことはなく、かえって心配と(おそ)れに()ちていました。箱の中ではなお声がつづいております。
「ぼくはもう何年ともしれない間、ささげつつをしたままだ。」
「わっちはくわをふりあげたまま、いつまでたってもこの(うで)をさげることができぬワイ。」
「いったいぼくたちにこうしたむごい役目をおわせているのはだれなんだ。」
「それはいわずと知れたあの人形使いの男さ。」
「どうだい(みな)のもの。われわれはこんなあきあきする人形俳優(はいゆう)なんという役目はごめんをこうむって、舞台監督になろうじゃないか。そしてあの男を人形がわりにあやつって行こうじゃないか。」
「ヒヤヒヤ、それはなによりの思いつきだ。さあ、このきゅうくつな箱の中からとび出そうぜ……」
 人形使いは大きに(おどろ)き、両手をのべてあわてて人形箱のふたをおさえにかかりました。箱の中ではワァーッとときのこえがして、ガチャガチャとくつの音、(じゅう)の音、くわをたたきつける音などが起こりました。が、さいわいのこと、人形使いの力が強かったためというよりは、箱のじょうまえが堅固(けんご)であったので、ふたはビクとも動きませんでした。人形使いは箱の上にもたれたまま、いつ知らず(ねむ)ってしまいました。
 つぎの朝人形使いが目をさましました時には、箱の中はなんの物音もなくしずまりかえっていました。おそるおそる箱のふたをあげて見ますと、人形たちは少しもとりみだした姿はなく、兵隊(へいたい)はささげつつをしたまま、おひゃくしょうはくわをふりあげたま、みなそれぞれしんみょうにしておりました。ですから、人形使いはその後もあいかわらず人形芝居をつづけて行くことができました。それからは、生きた人形を使いたいなどという願いは、夢にもおこさなかったそうであります。

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