めくらとふくろうの目         土田耕平


 あるところに一人のめくらが住んでいました。どうかして目が見えるようになりたいものだと思い、あさばん神さまにおいのりをしていました。
 するとある朝のこと、まだ夜が明けきらぬころ、めくらのまくらもとへ来て、「モシモシ」とよびおこすものがあります。めくらは、あわてて寝床(ねどこ)の上へ起きなおりました。
「ハイ、私をお呼びなすったのはどなたですか。」 といいますと、
「わたしはふくろうです。うらの森に住んでいるふくろうです。」 という返事です。
 めくらは、いまいましそうに、
「なんだ、おまえはふくろうなのか。モシモシなんて人をばかにしているじゃないか。いったい、なんの用事があって、今ごろ人の家へ入って来たのだ。」
 ふくろうが答えていうことに、
「そう(おこ)りなさるな。わたしは、少し相談(そうだん)したいことがあって来たのです。あなたは目が見えないのを悲しんでつねづねおいのりをあげていなさる。それゆえ、わたしがあなたの目をあけてしんぜようと思うのです。」
 めくらはおどろき声に、
「なに? おまえがわしの目をあけてくれる? そんなことができるのか。」
「できますとも。できればこそ、こうして相談に来たのです。」
「それはありがたい。さあ、早く見えるようにしてくだされ。わしは、どのように待っていたことだろう。」
 めくらのよろこびはたとえようもありません。「なむ ふくろう だいみょうじん」 と心の中で(おが)んでいますと、両方の目へ、パッとつめたいものが飛びこんできました。そのひょうしに、あたりがにわかに明るくなって、ありありとものが見えるようになりました。
 夜はすっかり明けはなれて、朝の光が(まど)いっぱいにさしています。めくらはすぐに、一わのふくろうが室のすみにかがんでいるのを見つけて、
「アァ、おまえさんだな。わし目をあけてくれたのは。」 といいました。
「そうです、よく見えますかな。」 と、ふくろうが首をあげたのを見ると、両方とも目がなくなっています。
「じつは、わたしの目をあなたにかしてあげたのです。わたしは昼間は目を使うことがないから、どうでもいいのです。そのかわり、夜になったら返して下さいよ。つまり、あなたとわたしとかわるがわる目を使うのです。」
 めくらは、うなずいて、
「よろしい。わしは夜はねむるのだから、目はいらない。きっとあなたにお返しする。」
 こう約束して、それから夜昼かわるがわるに目を使うことにしました。めくらは目が見えるようになったので、うれしくてうれしくてたまりません。山を見ても、川を見ても、なにもかもおもしろおかしくておかしくてたまりません。山を見ても、川を見ても、なにもかもおもしろおかしく心が()きたってまいります。生まれつき目の見える人にはとてもわからぬ喜びでした。
 しかし、だんだん日がたつにつれて、そのよろこびはうすらいで行きました。目の見えることがあたりまえのことのように思われて来ました。そればかりでなく、不平の心さえわいて来ました。
「ふくろうと交代(こうたい)だなんて、ばかげている。これでは、お月見もできやしない。」
と自分の目がふくろうの()り物であることは忘れて、かえってふくろうをうらんだりしました。
「ふくろうと(はな)れて、遠くへ行ってしまおう。そうすれば、この目は夜昼わしのものになるわけだ。」
 こう考えて、ある日のことふくろうをひとり残しで、家を()げ出しました。そして遠いとおい国へ行きました。
「ここまで来れば、もうだいじょうぶだ。」
と思っていますと、ふいに目が見えなくなってしまいました。いくら両手でこすっても、ふたたびあこうとはしません。めくらはオイオイ泣き出しました。
 その時どこからともなくふくろうの声で、
「あなたはなぜわたしを置いてきぼりにしたのです。私は夜になっても目が見えぬので食物をとることができずに、とうとう死んでしまいました。あなたの目はもともとわたしのものです。わたしが死ねば、その目が見えなくなるのはあたりまえです。」 といいました。
 めくらは自分のふこころえをこうかいして、空をあおいで、泣きさけびましたが、もうどうしようもありませんでした。

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