月の中の子ども            土田耕平

 むかしあるところに、おばあさんと子どもが住んでいました。子どもは、たいそうなまけもので、ありましたので、おばあさんのいいつけることを、なかなか聞こうとしませんでした。
 ある日のことおばあさんが、
「川へ行って、水を一ぱいくんできておくれ。」 といいますと、子どもは、ぷいと立ちあがって、()ばたをたたきたたき、
「炉ばたは、うらやましいな。水くみなんど用事はいいつけられないで。」
といいました。そして、戸口へ行って、しき石をふみつけながら、
「しき石は、うらやましいな。水くみなんど用事はいいつけられないで。」
 といいいい、外へ出て行きました。
 おばあさんは、子どもが水をくんでくるのを、待っておりましたが、いつまでたっても帰って来るようすはありません。どうしたのだろうと、おばあさんは子どもをさがして、川ばたへ行ってみましたが、どこにも姿は見えませんでした。川の中には、たくさんのあめの(うお)があそんでいました。
「あめの魚さん、わたしの子どもは、どこへ行ったか知りませんか。」
とたずねますと、
「子どもは、あたしらのことを、黒ぼつぼつのあめの魚やぁいと、悪くちをいいました。そんないじわるの子どもの行くさきを、おしえてはあげられません。」
といいました。
 おばあさんはひとり子どもをさがして、川ばたをつたって行きますと、うぐいの(さかな)どもがたくさんおよいでいました。
「うぐいさん。わたしの子どもはどこへ行ったでしょうか。」 とたずねますと、
「子どもは、うぐいのとがり口やぁいと、わたしらのことを、はやしたてました。そんなわるい子どものことは知りません。」 といいました。
 おばあさんは、仕方なく、また川ばたを歩いて行きますと、赤いうつくしいうろこをかがやかせて、さけの()れが水をきっておよいでいました。
「わたしの子どもは、どこへ行ったでしょうか。」 とたずねますと、さけはみんな水の上へ、()かびあがってきて口々に、おしえていいいました。
「子どもは、わたしらを見て、うつくしい魚、元気な魚といってよろこびました。それゆえ、子どもの行った先をおしえてあげましょう。けれど、おばあさん、かわいそうに、あの子どもは、さっきおばあさんに用事をいいつけられたとき、炉ばたをたたきたたき、しき石をふみつけふみつけ、口ぎたないことをいいました。そのばつで、天の神さまがお月さまの世界へつれていってしまいました。ごらんなさい。あのお月さまを。」
 さけにいわれて、おばあさんは、今しがた東の空へのぼったお月さまをあおぎ見ますと、まんまるなお月さまの中に、ひもでしばりつけられた子どもの姿が見えました。おばあさんは手をのばして、声をかぎりに呼びました。けれど、子どもはもはやそれきり、月の世界から、かえってくることはできませんでした。
 これはアイヌの昔話であります。日本では月のうさぎといいますが、アイヌの人々は、お月さまの中に見える黒いかげを、指さして、用事をきかなかったなまけものの子どもであると、語りつたえております。

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