豚十匹(ぶたじっぴき)            土田耕平

   
 十匹の豚がつれだって、野原の道をぞろぞろ歩いて行く中に、(はば)二三(げん)もある川の岸へ出ました。
「みなさん、(こま)りましたな。」
 と一番さきに立った豚がいいました。
「いや、これは大へんなところへ来た。どうしたものだろう。」
「せっかく、ここまで来て、後戻(あともど)りするのもざんねんだし……」
「むこうへ行くには、どうしてもこの川を(わた)らねばならぬし……」
「さてさてどうしたものだろう。」
 とみんな、がやがや(さわ)ぎ出しました。豚なかまは、(だれ)ひとり泳ぎを知りませんので、大弱(おおよわ)りでした。
 その時、川の向こうがわに立っていた(きつね)が声をかけました。
諸君(しょくん)、そのように(あん)じたもうな。この川は浅いから大丈夫(だいじょうぶ)です。(けっ)して()し流されるしんぱいはありません。ずんずん渡って来たまえ。」
 豚なかまは、狐のことばを聞いて、
「それは、ほんとでござるかな。」
 といいました。
「ほんとですとも。私は人間をだましたことはあるが、豚君をだましたことは一度もない。安心したまえ。」
 と狐が向こう岸から答えました。
 豚なかまは、足をそろえて、ざぶざぶと川の中へ()みこんで行きました。
「アッ、冷たい。(へそ)()れた!」
「僕の足をふんだのは(だれ)だ?」
「首をあげたまえ。水を()むと息ができないぞ。」
「みんな気をつけて、流されないように。」
 などと口々にわめきながら、やっとのことで向こう岸へつきました。わずか二三間の川を()すのに、戦争(せんそう)のようなさわぎでした。
 岸へあがった豚なかまは、そこへ一列にならびました、みんな無事(ぶじ)に渡ったかどうか調べようというのです。
 狐は笑いながら、
「諸君は、何という用心ぶかいなかまだろう。」
 といいました。
 一列にならんだ豚の中から、一匹が出て、()()()ィと数え始めました。そしてだんだん数えて見ると九匹しかおりません。
「さあ大変。誰かひとり(おぼ)れましたぞ。」
 といいましたので、豚なかまはみな顔を青くしました。他の一匹が出て、教えなおして見たが、やはり全体で九匹しかおりません。どう数えて見ても九匹です。渡る前には、十匹いたのが、九匹になったとすれば誰か一匹溺れたに(ちが)いない。豚なかまは、おのおの顔を見合わせました。ところが顔を合わせて見ると、誰ひとり()けたとも思えません。みんな、そろっています。豚なかまは、どうしてよいか分からぬという顔つきをしました。
 このありさまをわきから見ていた狐は、カラカラと笑い出しました。
「諸君は、なんという(おろか)なことだ。自分を勘定(かんじょう)の外にして、ひとり足りないひとりたりないといっている。お釈迦(しゃか)さまは、おれはこの世の本尊(ほんぞん)じゃといわれたが、君らは、その反対のことをやっているのだね。」
 豚なかまは、やっと自分たちの間違(まちが)いに気がついて、きまり悪そうにブウブウうなりながら、向こうの方へ歩いて行きました。

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