石地蔵を動かした話 土田耕平
ある山奥の小さな村に、一つの石地蔵がありました。大そう大きな石地蔵で人の丈の三倍もありました。しかし道のわきに坐っているのだから、通る人の邪魔になるようなことはありませんでした。
ところがある朝のこと、この石地蔵はフイと道のまん中へ出て、そこへどっしり尻をすえてしまいました。さあ村の人は弱りました。大きな石地蔵に道をふさがれてしまって通ることができません。そこで石地蔵をもとの場所へかえそうとして、村の人はみんな出そろいました。
一同のものは、ふとい綱で石地蔵をしばりあげました。そしてエンヤラヤと引きはじめましたが、どうして石地蔵はビクともしません。村人の力をみんな合わせても石地蔵一人の力には叶いませんでした。みんな、とうとう根が尽きて綱を手放しました。
さてこれはどうしたものかと、一同額をあつめて相談を始めました。その時、ひとりの男が、
「みなさん、よいことを考えました。」
といって、家の方へ駈けて行きましたが、やがて、一枚のお皿へボタ餅を山盛りにして持ってきました。
「これを見せたら、いかな地蔵さまも欲しくなって、いうことをきくでしょう。」
と男はボタ餅のお皿を持って、石地蔵の前へ行きました。そして、大きな声で、
「これこれ、欲しくはないか。ここまでおいで。」
といってお皿をさし出しました。けれど石地蔵は、目をとじたまま知らん顔をしていました。一寸だって動こうとはしません。男は腹を立ててお皿を石地蔵のからだへ投げつけましたから、お皿は粉微塵に砕けて、ボタ餅は四方へ飛び散ってしまいました。
これを見て、また一人の男は、家の方へ駈けて行きましたが、やがて長いサーベルを持ってきました。
「みなさん、今度はこれで威して見ましょう。」
こういって、男はピカピカするサーベルをふりかざして、石地蔵の前へ行きました。
「こら、地蔵。こんなところにいると、これで切ってしまうぞ。命が惜しいなら逃げて行け。さあ、逃げて行け。」 といいました。
しかし石地蔵は、平気なもので身じろぎさえしません。
「さあ、早く逃げないと、ほんとに切ってしまうぞ。」
と男は、一だん声をはりあげていいましたが、石地蔵はやはり平気な顔をしています。男は力まかせにサーベルで切りつけました。するとカチンと音がして、サーベルは二つに折れてしまいました。が石地蔵のからだには少しの疵もつきませんでした。
ボタ餅を見せても、サーベルで威しても.いつかな石地蔵は動こうともしませんので、村の人たちはみな途方にくれてしまいました。その時、一人の女の子が、
「わたしが、お地蔵さまを動かして見ます。」
といいました。
女の子は、石地蔵の前へ行って、ていねいにおじぎをして、
「お地蔵さま、どうぞ、もとのところへかえって下さい。どうぞお願いですから。」
といいました。そうすると、今までどうしても動かなかった石地蔵が、ムックと立ちあがって、もとの場所へ戻り、そこへチャンと坐りなおしました。これを見て人々は一言もありませんでした。
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