(ふく)れた(かえる)         土田耕平


 (ぬま)の中で学者とよばれているちえのある(なまず)のところへ、一匹の蛙がたずねて行きました。
「今日は、ちえ者さん。あなたはあい変わらず考えごとをしていますね。」
「これは蛙さんかね。何かまたおもしろい話を持って来ましたか。」
「イヤ蛙の身では何のおもしろいことがありましょう。私はもうつくづくいやになってしまいました。」
「何がさ?」
「何がって、ちっぽけな蛙で一生終わるのかと思うと、なさけなくなるじゃありませんか。せめて私もあなた位の大きさがあると、世間へ出ても(はば)がききますがね。」
「ではあなたは大きな身体(からだ)になりたいというのだね。」
「そうです。どうかして大きな身体になって、みんなをおどろかしてやりたいものだと、この(ごろ)はそればかり考えております。ちえ者と呼ばれるあなたのことだから、何か膨身術(ぼうしんじゅつ)とでもいったようなものを御存(ごぞん)じありませんかね。」
「それはいくらも知っているよ。」
「ああそうですか。ぜひ教えていただきたいもので。」
「しかし身体が大きくなると、危険(きけん)なことが多いから気をつけないといけませんよ。」
「ええそれはずいぶん気をつけます。」
「では教えてあげよう。膨身術にも色々あるが、あなた方のように身体のやわらかいなかまは、空気をすいこむのが一ばん近道だね。」
「へえ。空気をすいこむとは一体どうするので?」
「大きな口を開いて(はら)の中へすいこむのだよ。わけないことだ。まあ、十日もやってごらんなさい。おどろくほど大きくなる。」
 蛙はさっそく自分の家へとびかえって、鯰に教えられた通り大きな口をあいて、空気をすいはじめました。ちっぽけな蛙は段々(だんだん)ふくれて来ました。はじめの日には一(すん)ほど、次の日には五寸ほど、その次の日には一(しゃく)ほど、そして十日目には人間の大男がかかっても、()きつけない(ほど)の大きさになりました。
 さあ、こうなると、沼の中の生き物は(つる)(かめ)(こい)もうなぎも(みな)大さわぎです。
馬鹿(ばか)に大きな(やつ)がやって来たじゃないか。一体何だろう。」
一寸(ちょっと)見たところ蛙に()ているが、しかしあんな大きな蛙というものがあるわけもない。」
「何せよ、気をつけなくてはいけない。なるたけ外へ出ないにかぎるね。」
 こんなことをヒソヒソ語りあいました。
 もしも蛙が一たんガワガワと鳴き出そうものなら、勇猛(ゆうもう)な鶴までが身ぶるいして(おそ)れました。蛙の得意(とくい)さかげんといったらありません。沼の王になった気で毎日えらそうなことばかり考えていました。しかし実をいえば、蛙は身をふくらせたために、はらの皮などはうすい紙のやうになり、危険きわまりないものでありました。けれど蛙は、そんなことには気がつきません。大威張(おおいば)りで歩きまわっていました。

 ところがある日のこと、道ばたに(とが)ったあざみの葉があるのを知らずに、その上へ(はら)ばったからたまりません。ブスリと音がして腹の真中(まんなか)へ小さな穴があきました。と同時に、シューと空気がもれ出しました。見るみる中に蛙のからだは、もとのちっぽけなものになり、そして死んでしまいました。
 沼中のものは、不意(ふい)怪物(かいぶつ)がいなくなったので、ふしぎに思って方々さがすと、道ばたに一匹の蛙が死んでいました。その腹に穴があいていましたので、どうしたわけだろうと、みんなちえ者の鯰のところへききに行きました。
 しかし、鯰は笑っていて、何も言いませんでした。だから、あの怪物はこのちっぽけな蛙にすぎなかったのだということは、(だれ)もさとりませんでした。
「何にしてもあいつのいなくなったのはありがたい。」と皆いい合いました。

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