雪達磨(ゆきだるま)(からす)            土田耕平


 庭の真中(まんなか)に大きな雪だるまが(すわ)っていました。どっちを見ても、目につくものは白いものばかり。白い屋根、白い石垣(いしがき)、白い野原、白い山。
 雪だるまは、大きな声で、
「なんと美しい世界だろう。みな白がねの光にかがやきわたっている。どこを見ても、黒いものや(よご)れたものはない。美しい世界におれは生まれてきて、そしておれのからだも美しいのだ。見ろ、この白い(むね)を、白い(かた)を……」
 そして愉快(ゆかい)そうにアハヽヽヽと笑いました。すると、その時、「アホー、アホー」という声がしました。見ると向こうの木の枝に、黒いからだ、黒い羽、黒いくちばしを持った鳥がとまっておりました。(この)白いうつくしい世界に、(ただ)ひとり黒い顔をしているとは気の知れない(やつ)だ、と思いながら雪だるまは声をかけました。
「一体、君は何ものだ。アホーアホーとは()しからぬことだ。」
 黒い鳥は、黒い目をピカピカさせながら、
(ぼく)は鴉だ。アホーというのは僕の鳴声だ。君を馬鹿(ばか)にしたわけではないよ。」
「なるほど君は鴉の勘左衛門(かんざえもん)君か。それにしても君のからだは、何と(きたな)い色をしていることだろう。」
「僕のからだが汚いって? これでも君よりはよほどりっぱだぜ。見給(みたま)え、この黒いつやつやした羽を。」
「僕はその黒い色が気に入らないのだ。見渡したところ、この広い世界で黒い色をしているのは君ばかりだ。」
「アハヽヽ。君は何も知らないと見えるね。この世界は、もともと黒いものだぜ、地べたも山も黒い色をしているのだ。」
「イヤ、そんなことはない。僕の目で見れば、地べたも山もみな真白だ。黒い色はどこにも見えない。」
「それは、今の中は白いさ。しかし、白いのは一時(いっとき)、今に何もかも僕と同じ色になってしまうのだ。」
「でも僕は今まで、黒いものといえば君より外、何も見たことがないぜ。」
「それはそうだろう。君は今朝生まれたのだから。しかし、君の生まれぬ先には、この世界はみな黒かったのだよ。」
「イヤイヤ僕にはそんなことは信じられぬ。」
 こういって、雪だるまと鴉はしばらくいい(あらそ)っていましたが、やがて鴉は、アホーアホーと飛んで行ってしまいました。
 その中に、お日さまがポカポカ照らしてきましたので、雪だるまは、いい気持ちになって一ねむりしました。やがて気がついてみると、不思議(ふしぎ)なことに目が見えません。それはそのはず、雪だるまは、眠っている間に顔が半分()けてしまったのです。
 その時には庭の雪も大方溶けてしまって、黒い土が、ありあり見えてきました。しかし目をなくした雪だるまは、それを知るはずがありません。やはりこの世界は、白いのだと思っていました。
 そこへ先刻(さっき)の鴉がアホーアホーとまた飛んできました。
「雪だるま君、どうだ、僕のいうた通り世界が黒くなって来たぜ。」と鴉はいいました。
 しかし雪だるまは承知(しょうち)しませんでした。
「イヤイヤ僕には黒いものなど見えやしないぜ。」といいました。
 鴉は、フト雪だるまの顔をのぞいて見て、目が二つとも溶けてしまったのを知りましたので、もうそれきり口を(つぐ)んで何もいいませんでした。
 その中に、雪だるまのからだはだんだん溶けて、首、胸、(ひざ)、とすっかり消えてしまいました。その時には、あたりの雪ものこらず溶けて、この世界は鴉と同じく黒い色になりました。けれど、雪だるまは、自分のからだが消えてなくなるまで、世界は白いものだと信じていました。

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