松の葉と桜の葉        土田耕平


 さくらの葉が、となりの松の葉に言葉(ことば)をかけました
「もう冬が近くなりましたね。私は(みょう)に心細くなってこまります。」
 松の葉が答えていいました。
「冬が来たとて少しも(おそ)るることはありませんよ。(ただ)私たちはしっかりと枝にすがりついておれば大丈夫(だいじょうぶ)です。(だれ)が来て何といっても手を(はな)してはいけません。」
 しばらくたつと、時雨(しぐれ)が来ました。時雨は陰気(いんき)な声で、
「皆さん、そんなところにいつ(まで)もぶらさがっていないで、こちらへおいでなさい。私がいい所へ()れて行って上げますから。」
 松の葉はすぐ(ことわ)りました。
「イエ、私はここがよろしい。どこへも行きたくはありません。」
 さくらの葉も松の葉の真似(まね)をしました。
「イエ、私はここがよろしい。」
「それならこうしてやる。」と時雨は大きな如露(じょろ)を取り出して、ザンザン水を()りかけました。
「ああ冷たい!」とさくらの葉は首をちぢめましたが、それでも枝を(にぎ)っている手を放すようなことはありませんでした。松の葉は(だま)って目をとじていました。
 そのあとへ今度は木枯(こがらし)が来ました。
「オイ、貴様(きさま)たち、グズグズしておらずに早く()ってしまえ。もう冬だよ。」と木枯の言葉は大へん乱暴(らんぼう)でした。
 さくらの葉はそっと松の葉に耳うちしました。
(おそろ)しい(やつ)が来ましたね。どうしましょう。」
 松の葉が答えていいました。
「どうすることもない。只しっかり枝にすがりついておいでなさい。」
 そこでさくらの葉は力の限り枝に()きつきました。松の葉もしっかりと手を握りなおしました。
 木枯は大そう怒って、鉄の扇子(せんす)を取り上げピシピシ打ち始めました。しかし、いつ迄たっても松の葉もさくらの葉も、枝にしがみついているので、根気負(こんきまけ)をして立ち()ってしまいました。
「ああもう少し(たた)かれたら私は死んでしまったでしょう。」
 とさくらの葉は身ぶるいしました。しかし松の葉は口をとじて何もいいませんでした。
 やがて(しも)がやって来ました。霜は色が白くてきれいな顔をしていました。そして声も(すず)をふるようにほがらかでした。
「ああ皆さんはまだこうしておいでですか。早くあちらへまいりましょう。今に意地悪(いじわる)の雪が来ると大変です。私が手をひいて上げますから、さあ早く。」といわれてもさくらの葉は、木枯にこりごりしているところへ、また雪に来られては大へんだと思いますので、松の葉の方を()りかえって、
「私はもうだめです。霜さんのことばにしたがいます。」といいました。けれど松の葉は知らん顔しておりました。さくらの葉はとうとう枝から手を放して霜の(うで)にすがりつきました。
「よしきた。」霜はこういって、(あわ)れなさくらの葉を冷たい土の上へ投げつけました。
 松の葉はこれを見て、
「やっぱり桜は駄目(だめ)だ。」と嘆息(たんそく)しました。そして霜に向かって、
(ぼく)はだまされないよ。」といいました。

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