蝸牛(かたつむり)の死           土田耕平


 庭に一つの蝸牛が住んでいました。ある朝のこと目をさまして、ほそい(つの)をふり立てていますと、木の枝から(つゆ)が声をかけました。
「蝸牛さん。一寸(ちょっと)わきへよって下さい。私はそこへとび下りますよ。」
 蝸牛はこれまで、こわい目にあった事がないので、自分の身体(からだ)をどんなにか強いものに思っておりました。それゆえ、露のことばを聞いて、
「僕はわきへよるのはいやだ。お前は勝手(かって)に僕の身体の上へ、とび下りたらよいではないか。」と答えました。
 そこで露はぽつんと、蝸牛の角の上へとび下りました。蝸牛は思わず、
「あいたた!」とうめきました。そしてあわてて角を引きこめてしまいました。
「それ、ごらんなさい。わきへよらなかった(ばつ)ですよ。」と露は笑いながら、土の中へしみこんで行きました。
 蝸牛は自分の角がたいそう(よわ)いものである事を初めて知り、これからは角を大切にしなくてはならないと考えました。
 しばらく立つと、木の葉が呼びかけました。
「君少しわきへよってくれたまえ。とび下りるのだから。」
 蝸牛は急いで角を引きこめました。そして、
「勝手にとび下りたまえ。」と言いました。
 そこで木の葉は、ばらばらととび下りて、先のとがった方で、蝸牛の身体をチクリとさしました。蝸牛は、
「いたい。いたい。」と言って(から)の中へ身体を引きこめました。
 蝸牛は自分の身体は、角と同じように弱いものである事を知りました。これからは気をつけようと思いました。
 ところへ今度は、大きな桃の実が声をかけました。
「蝸牛君。そこをのいて下さい。とび下りますよ。」
 蝸牛は殻の中へ体を引きこめて、これなら安心と思いまして、
「さあさあとび下りたまえ。僕がいたとてかまわぬから。」
 これを聞いて大きな桃が、一息にとび下りたからたまりません。蝸牛は殻も身体も角もいっしょにつぶされてしまいました。
 蝸牛は()の時初めて、自分には何一つたよりにする武器(ぶき)はない。強いものが来たら用心しなくてはならないと、さとった事でしょう。しかし、なくした命を、ふたたび取り返す事は出来ませんでした。

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