無慾の清八 土田耕平
むかし清八という男がありました。清八は、慾の少しもない男で、且つ弓の名人でありましたから、人々は彼を無慾の清八または弓の清八と申しました。
ある年のこと、清八はふと旅を思いついて、身には弓と矢をたずさえたまま、一文の蓄えもなく、諸国見物に出かけました。清八は空を飛んでいる鳥を射落とすほどの名人でありましたから、どこへ行っても食物に困るようなことはありませんでした。
清八はだんだん諸国をめぐって奥州路へさしかかりました。ある日のこと山奥の小さい村へ辿り着いて見ると、ワイワイという人声、何事かと思えば、弓矢鉄砲を持った人々が、血眼になってかけ歩いて居ります。
清八は一人の男を呼びとめて、
「一体このさわぎは何でござる。」とたずました。
すると男が答えて言いました。
「イヤ大へんな次第です。まあ聞いて下さい。一昨日の昼すぎ、どこともなく大蛇が出て来て、今日までにもう幾人もの人が呑まれました。それ故こうして村中の男が出そろって、大蛇退治にかかってはいるが、何分その大蛇というのがすばらしく手恐い奴で、いかにしても打ち取ることが出来ません。そなたも弓に堪能の様子、どうか私らに力ぞえして下さらぬか。」
これを聞いて清八は、その男と一しょに行って見ますと、村はずれの森をかこんで、皆々ときの声をあげて居ります。森の中を見ると、長さ七八間もあろうかと思われる大蛇が、一匹うねうねとはいまわって居るのが目にとまりました。
人々はひまなしに弓矢鉄砲を放って居りますが、劫をへた大蛇のからだは、岩のようにかたくて何の手答えもない様子です。弓の清八は、忽ち自分の弓に矢をつがえてピュウと射はなちました。ねらいはあやまたず、矢は大蛇の右眼に突っ立ちました。続いて清八は第二の矢をはなって左眼をも射止めました。さすがの大蛇も両の眼を射られてはたまりません。やがて皆のために打ちとられてしまいました。
人々の喜びは一通りでなく、これというのも清八のおかげであると、村の庄屋の家へ招いてあつくもてなしました。清八はその村へ一晩宿って、翌朝早く立とうとする時、人々は大蛇退治のお礼だと云って、百両の小判を差し出しました。
無慾の清八は、イヤイヤと首をふりました。
「私は世の中でお金ほど恐いものはありません。お金を持って居ると泥棒に出あう心配もあるし、またあれをほしいこれをほしいなどという慾もわいて来ますが、こうして手ぶらで居ればそれはそれは気楽なものです。さよなら。」
と云ってサッサと立ち去ってしまいました。
それから清八はしばらく旅をつづけて家へかえりました。すると、その晩のこと、蛇の頭をした異形の化け物が夢にあらわれて、
「俺は貴様に殺された蛇だ。怨返しに貴様の一生にたたりをするからそう思え。あの庄屋の家で、金ほど恐いものはないと云った貴様の言葉を俺はすっかり聞いてしまった。これから貴様を金ぜめにしてくれる。」
翌朝目をさまして見ると、清八の家はお金で一ぱいになっていました。無慾の清八は有りたけのお金を皆困る人たちに分けてやってしまいましたが、次の朝起きて見ると又お金が一ぱいわき出ていました。人にやってもやってもお金が出てくるので、無慾の清八もとうとうお金持ちになってしまったそうです。めでたしめでたし。
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