お(さる)さんの敵討(かたきうち)            土田耕平

 山おくに一匹のお猿さんが住んでいました。ある日のこと、木の下でひる()をしていますと、そのあたりへとんできた二羽の四十雀(しじゅうから)が、大きなこえでお猿さんのわる口をいいました。
「おい、あのざまをごらんよ。親の(かたき)うちもしないで、ひる寝をしているじゃないか。」
「すぐとなりの山にかたきの(とら)が住んでいるのに、まったく意気地(いくじ)なしだね。」
 お猿さんは、じぶんのお母さんがとなり山の虎に(ころ)されたのだと聞いて大そうおどろきました。お猿さんのお母さんが、虎のえじきになったのは、お猿さんが生まれたばかりのことでした。だから今までそんなことは少しも知らずに(おり)ました。
 おもいがけなく四十雀の口から親の(かたき)を聞かされたお猿さんは、顔をまっかにして、いきどおりました。そしてすぐさま、かたきの住んで居るとなりの山をめがけて、かけ出そうとしますと、四十雀がまた()いました。
「おいおい。あれをごらんよ。なんとらんぼうなやつだろう。」
「そうさ、助太刀(すけだち)を見つけずに、大きな虎をうつ気で居るとは、身のほど知らずだネ。」
 これを聞いて、お猿さんはなるほどと思いました。ふと、むこうを見ると、一匹の(おおかみ)が歩いているのが目にとまりましたから、お猿さんはいそいでかけつけました。
「もしもし狼さん。」
「なんだ。」
「わたしは、これから親のかたきうちにまいるのでございます。どうぞ助太刀をして下さいまし。あなたは、大そう、お強そうに見えます。」
「おれは天下無敵(てんかむてき)じゃ。かたきうちとあれば、ずいぶん助太刀もしてつかわすぞ。一たい、かたきは(だれ)だ。」
 こういう勇ましいことばですから、お猿さんは、大そうたのもしく思い、狼の耳へ口をよせて、
「かたきというのは、このとなり山に住んでいる虎のやつでございます。」と()げました。
 虎ときいて、狼はブルブルふるえ出し、前足で(はら)をおさえながら、
「あ、あいたたた。おれは腹がいたんで来たぞ。とても貴様(きさま)の助太刀はできない。」
 こう云って、こそこそ(にげ)げてしまいました。
 お猿さんが、ぼんやり立っていますと、そこへ大きな鹿(しか)がやってきて、ことばをかけました。
「お猿さん。君は、大そう、しんぱい顔をしているが、どうしたんだね。」
「ハイ、わたしは、これから、かたきうちに行かなくてはなりませんので。」
「かたきうちなら、助太刀をしてあげよう。あいては誰だね。(たぬき)かえ、それとも栗鼠(りす)かえ。」
「いいえ、あの虎公です。」
「ヱッ。とんでもないことをいう人だ。虎大王(とらだいおう)に手むかうなんて、ごめんごめん。」と云いながら、鹿はガタガタふるえ出しました。
 お猿さんはしかたなく、山の中をあちこち歩きまわって、行きあう(けもの)ごとに助太刀のことをたのんで見ました。しかし、あいてが虎だと聞くと、みな顔いろをかえて逃げてしまい、(だれ)ひとりお猿さんの助太刀になろうというものがありません。
 お猿さんが、しょんぼり立っているところへ、一ぴきの(うさぎ)が、とんで来ました。
「お猿さん、君は虎を()とうというんだね。まあ、こっちへ来たまえ。」
 こう云つて兎は森の中へお猿さんをつれ込みました。兎とお猿さんは、だんだん森のおくへ入って行きました。谷川の岸へ出たとき、兎はお猿さんをそこへすわらせて、「ここでゆっくり話しましょう。」と云いました。
「お猿さん。おまえはどうしても虎公を討つつもりかえ?」
「ええ、どうしても、あいつを討たなくてはなりません。親のかたきですもの。」
「それなら、わたしがいいことを教えてあげよう。助太刀などたのまずに虎公が討ちとれるように。」
「わたし一人であの虎公が討てましょうか。」
「討てますとも。まあ。しばらくわしのいうことを、お聞きなさい。」
 こう云って兎は川岸を(ゆび)さしました。
「ここに一ぱい石ころがおちて居るから、これで石なげのけいこをするのです。まずあの木をねらって、なげつけてごらんなさい。」と二三(げん)はなれた杉の木を(まと)にえらびました。
 お猿さんには、兎がなぜ石なげのけいこをすすめるのかわかりませんでしたが、とにかく(かたき)がうてるというのだから、一しょうけんめいに、石なげを始めました。はじめのうちは、なかなかあたらなかったのが、ようやくのことで三つに一つぐらいはあたるようになりました。
 兎はそれを見て、
「まだまだそんなことではいけない。なげる石が一つだって、はずれるようではいけない。まあ二三日けいこしてごらんなさい。」と云いました。
 お猿さんは、根気(こんき)よく石をなげつづけて、三日目には、なげる石もなげる石もみなぽんぽんあたるようになりました。
 すると兎は、杉の木の(みき)へ、虎の頭ほどの円をかいて、
「こんどは、この中へあてるのだよ。」と云いました。
 的が小さくなったから、前よりはむづかしい。けれども、お猿さんの一しんで、十日目ころには、思いのままにそのまるの中へ投げあてるようになりました。
 そうすると兎は、その円のなかへ、虎の目ほどの小さい円をかいて、
「さあ、この中へ石があたるようになれば、かたき討はすんだようなものだ。」と云いました。
 お猿さんは、(いさ)みたって、けいこをつづけました。しかしこんどは前より一そうむずかしい。十日目にやつと十の石をなげて一つあたるようになり、二十日目に十の石が二つあたるようになり、そうして、だんだんけいこをつんで行く中に、百日目ころにはぽんぽんみなあたるようになりました。
 これを見て兎は、
「もう大丈夫です。これからすぐ虎公のところへ行きましょう。」とお猿さんに石ころを二つ持たせて、虎のすんでいるとなりの山へ出かけました。
 虎のすみかへ近づいたとき、うさぎはお猿さんに向かって、
「わしが虎公をつれ出してくるから、おまえさんは、この木の上へのぼっておいでなさい。そして虎公が下を通りかかったら、二つの石を両方の()になげつけるのだよ。」と云いすててピョンピョンとんで行きました。
 お猿さんは木の上へのぼって、今かいまかと待ちかまえていました。しばらくたつと、むかうのやぶの中から、うさぎと一しょに虎が出てきました。
 お猿さんは、虎が木の下へとおりかかった時、大きな声で「待て」とよびとめました。そして虎がおどろいて見上げるところを、すかさず、石をなげつけました。二つ続けてなげた石で両方の()をつぶしてしまい、やすやすと虎を()ちとることが出来ました。
 お猿さんは、うさぎの手をとり、
「ありがとう。おまえさんのおかげで敵討(かたきうち)ができた。」と云いますと、うさぎもうれしそうに、
「お猿さん、ばんざい。」とさけびました。

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