のぞき眼鏡            土田耕平

   
 村の鎮守(ちんじゅ)さまのお祭りで、さまざまの見世物(みせもの)がかかっていました。その中に、のぞき眼鏡(めがね)掛小屋(かけごや)があって、番台(ばんだい)の男が、
「さあ(ぼっ)ちゃんがた、一銭銅貨(いっせんどうか)一枚で、ゆっくりのぞくことができますよ。」
とにこにこ顔で子供たちを呼びあつめておりました。
 村の男の子たちは、お母さんからいただいたお小遣(こづか)いの中から、一銭づつ出して、のぞき眼鏡を見ました。太郎さんもその時、よその男の子たちと一緒(いっしょ)に、その眼鏡をのぞいて見たのであります。
 第一番目の眼鏡をのぞくと、昔の鎧武者(よろいむしゃ)栗毛(くりげ)の馬にまたがって()けてくるところが見えました。それは大そう勇ましい姿(すがた)でしたが、もともと()にかいたものですから馬は前足を高くおどらせたまま、少しも動きませんでした。第二番目の眼鏡には、土人(どじん)虎狩(とらが)りの画がうつりました。これも土人が弓をひきしぼり、虎が(きば)をむき出したまま、いつまでも同じ姿勢(しせい)をつづけていました。次の眼鏡には、カアキ色の軍服(ぐんぷく)を着た兵隊(へいたい)さんが、足なみそろえて進軍(しんぐん)しているところが見えました。兵隊さんはみんな片方(かたほう)の足をもちあげたまま、一つところにじっとしていました。
 もしこれが町の子供たちであったら、
「何だ、こんなものつまらない。」
と思ったかも知れません。けれど山奥(やまおく)田舎(いなか)に育って、活動写真(かつどうしゃしん)などというものを知らない子供たちは、こののぞき眼鏡を、どんなにめずらしく思ったことでしょう。その大きく色どりうつくしくうつる絵すがたを、(むね)をおどらせながらのぞいて見たのであります。
 眼鏡はみんなで四つありました。その四番目の眼鏡をのぞきますと、これは前の三つとは、まるきり変わった画でした。野原の道に、やわらかい春草が一めんに()え出ていて、そこに一人の女の子が、小腰(こごし)をかがめて何か白い花を()み取ろうとしているところでした。女の子の(かみ)の毛が、赤くちぢれているのは、異人(いじん)の子なんでしょう。その顔つきは大そう可愛(かわい)らしくて、長いまつげの下から星のやうな(ひとみ)がのぞいていました。女の子は、片手をさしのべて、花をつみとろうとして、それなり同じ姿勢をつづけていました。
「なぜ早く摘まないんだろう。馬鹿(ばか)だなあ。いつまでもあんなことをしていて!」
 太郎さんは、それがのぞき眼鏡の室であることを忘れてしまいました。
 いつまでもじっと一つ眼鏡にとりついていて(はな)れませんでした。番台の男が、
「さあ坊ちゃん、おつぎの番ですよ。」
と笑いながらいいましたので、太郎さんは、びっくりした顔つきで、眼鏡から離れました。うしろには男の子たちが順番(じゅんばん)にならんで待っていました。
 それから太郎さんは、他の見世物をのぞいたり、お菓子(かし)を買って食べたりして、のぞき眼鏡のことも女の子のことも、忘れてしまいました。
 その晩のことです。太郎さんは寝床(ねどこ)へ入って、ねむろうとしておりますと、昼間見たいろいろのめずらしいものが、ちらちら目に浮かんできました。土人が虎狩しているところやら、玉乗(たまの)りの小僧やら、大きな風船玉の糸がちぎれて空に()って行くところやら、走馬燈(そうまとう)のようにつぎつぎに目にうつっては消えて行きます。そのうちに、あの異人の女の子の姿が、ひょっくり浮かんできました。やっぱり昼間見たときのまま、中腰をかがめて、花を摘もうとしております。
「あれ、まだあんなことをしている。馬鹿だな。」
 太郎さんはいいました。すると、今まで身じろぎもしなかった女の子は、きゅうに太郎さんの方をふりむいて、
「これ摘んでもかまわないの。」
といいました。
「きまっているじゃないか。」
 太郎さんがいいますと、女の子は、手をさしのばしてその白い花を摘みとりました。とあたりは急にうすぐらくなって、深い(きり)の中につつまれたようにおもわれました。太郎さんはねむってしまいました。
 次の朝、学校へ行く途中(とちゅう)、太郎さんは鎮守さまをとおって見ました。見世物小屋のあとには、紙くずや蜜柑(みかん)の皮がちらばっているきりでした。あののぞき眼鏡の女の子は、どこへ行ったことでしょう。

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