(おおかみ)断食(だんじき)            土田耕平


 一匹の狼がありました。インドのガンジス川という、大きな川の岸に住んでいて、
その近くにいる、弱い(けもの)なかまをつかまえて、(えさ)にしていました。
 ところが、ある時のこと、雨がひどく降ったあと、川の水がついてきて、そのあたりいちめん、海のようになってしまいました。
 狼の家は幸いと、岸のたかいところにありましたので、洪水(こうずい)に流されずにすみました。ただ、こまったことには、まわりがすっかり水にかこまれてしまいましたので、どこへ行くこともできません。お(なか)がすいても、餌をみつけに行くことができません。
 狼は考えました。
「よしよし、おれは、ひとつ断食をはじめよう。そうして、仏さまから、何か、御褒美(ごほうび)をもらおう。どうせ、食べものがないのだから、断食するのはわけないことだ。」
 狼は、高い岩の上へのぼって、なるたけ、仏さまのお目にとまるようなところへ、
(すわ)りこみました。そして、殊勝(しゅしょう)な、顔つきをして、断食をはじめました。
 狼は、七日の間、断食をすることにきめました。そのうちには、水も引くだろうとおもいましたので。
 だんだん日がたつうちに、頭の中で、ガンガン(かね)をうつような音がしたり、目のさきで、パチパチ火花が散ったり、いやな気持ちになってきました。
「断食って、なかなか苦しいことだな。ここらでやめにしようか。」
と狼は、いくども、考えましたけれど、断食をやめたとて、水が引かないうちは、どこへ食べものを見つけに行くことも、できません。狼は、ため息をついて、また、断食をつづけていました。
 やがて、ちょうど、満願(まんがん)の七日めになりますと、あたりの水は、すっかり引いてしまいました。もう、どこへでも、とんで行けるようになりました。
 狼は、そのとき、考えました。
「断食は、今日が七日めのきりだ。今日一日がまんしよう。そしたら、仏さまの御褒美にありつくこともできるだろう。」
 狼は、目をつぶって、こんなことを、考えていますとき、
「めーい、めーい。」
という鳴きごえがしました。狼は、立ちあがって見ると、それは、一匹の野羊(やぎ)でした。
「そなたは、そこで何をしているのか。」
と野羊は()いました。
「だ、だんじきをしているのさ。」
 狼は、かすれた声で、答えました。
「それは感心なことだ。」
「オウー」
と狼は、うなるとともに、身をおどらせました。
 同時に、野羊の姿は、スウッと、(けむり)のように、消えてしまいました。そして、仏さまの姿が、空にうかんで、あらわれました。
「これこれ狼よ、おまえの断食は、まことの断食ではなかったな。」
と仏さまは、(おお)せになりました。

inserted by FC2 system