葱坊主(ねぎぼうず)      土田耕平

   
 葱坊主の行列が、山の畠みちをぞろりぞろりと()ってきます。
「みなさん、おそろいでどちらへ。」
 とたずねましたら、先頭に立った大坊主が、
「わしらはこれからお(とむら)いに(まい)りやす。」
 と胴魔声(どうまごえ)で答えました。
(だれ)のお葬いですか。」
 とたずねましたら、
「ハイ、むこうのお山のむじな五兵衛(ごろべえ)なんで。」
 と大坊主は(なみだ)をぼろぼろこぼしました。
「むじなが死んだって、それはいつのことなんです。」
「それは三年前の三月のこと、野火(のび)がついて火がついて、あったらむじなァ焼け死んだのでございます。」
 (だれ)かクスクス笑う声がしました。大坊主はぬっと首をのばして、うしろをふりかえりました。
「お師匠(ししょう)さま、笑ったのは私ではありませんよ。」
 うしろについた小坊主は、そりかえって威勢(いせい)よくいいました。その他の小坊主中坊主たちは、みんな横を向いてすましていました。誰が笑ったのかわかりませんでした。

 蝶々(ちょうちょう)が一羽ひらひらとんできました。そして、大坊主の頭の上へちょいととまりました。
「ああ、くたびれた。ここらで一休み。」
「誰だ。ひとの頭へなんぞとまる(やつ)は。」
 大坊主はどなりました。
「あら、ごめんなさい。」
 蝶々はいそいで、小坊主の頭へとびうつりました。それからまた次の小坊主の頭へうつりました。また次の頭へうつりました。
「みなさんは総体(そうたい)で何人いらっしゃるんでしょう。」
「七百五十三人です。」
「まあそれは大そうだこと、一々とまりきれやしない。」
 蝶々はひらり身をかわして、遠くの方へ飛んで行ってしまいました。
「誰だい、正直(しょうじき)に人数なんぞ教えたやつは。」
「うらぎり者。」
などという声があちこちで起こりました。葱坊主の行列が、ごたごたくずれ出しましたとき、
「こら。」
 先頭の大坊主が、(かみなり)のような声をあびせかけました。行列は水を打ったようにしずかになりました。みんな列をただして、ぞろりぞろりと()り出しました。

 夕立がザアッと降ってきました。
(かさ)を持てい。」
 大坊主は威張(いば)って言いましたが、誰も傘なんぞ持って来る人はありません。大坊主も小坊主も、ずぶぬれになりました。
 夕立がだんだん小降りになって、空へうつくしい(にじ)の橋がかかりました。青旗赤旗を立て、長持(ながもち)をかついで、虹の橋を渡ってくる行列があります。
「はて何んじゃろうな。」
 大坊主はびっくりした顔つきでした。七百五十三人の小坊主中坊主たちも、あっけにとられて見ていました。
「あれは(きつね)のお嫁入(よめい)りです。これからお酒盛(さかもり)がはじまりますよ。」
と教えてやりますと、大坊主は手を打って、
「じゃ、わしらはそのお酒盛に呼ばれようではないか。」
といいました。
「お葬いの方はどうなさる。」
とたずねますと、
「そんなことは来年にせい。」
 大坊主は平気な顔でいいました。

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