(がまがえる)(ゆめ)            土田耕平

   
 だんだん寒くなりましたので、蟇は、土の中へもぐりこみました。そして、夜も昼もぐうぐうねむりつづけています。
 ザンザンザンザン……雨ふりだな。()れよ、雨、雨。
「今日は、いいお天気ですね。」
 とやって来たものがあります。
(だれ)だい。いいお天気だなんて()うのは?」
 蟇は(おこ)りっぽくいました。
「でもあなたは、雨のドシャ降りの日が御機嫌(ごきげん)だという(うわさ)ですよ。」
「ウム。そう云えばそうかも知れんな。」
「どうです。チト散歩(さんぽ)に出かけましょう。」
「散歩って、こう暗くてはどこへも行かれないじゃないか。」
「ハハア。あなたは目をふさいで暗いくらいと云っていらっしゃる……」
 蟇は目をあきました。ほんのりと四面からあかりがさして、ほそい一本道を、チョコチョコ歩いて行くのは、頭の小さな口のとがった不気味(ぶきみ)な動物です。つわ(ぶき)の葉をかたげているのは、(かさ)のつもりと見えます
「全く雨の日の散歩は愉快(ゆかい)ですね。」
「ウム、愉快(ゆかい)だな。」
「さあもっと早く歩きましょう。こうして足なみをそろえて。」
「オイオイ、(そば)()ってくるなよ。傘なんどさしかけて。」
「オットこれは失礼。あなたには傘は御不用でしたっけね。」
 口のとがった動物は、つわ蕗の傘を(かたむ)けたとおもうと、(たちま)玩具(おもちゃ)豆鉄砲(まめでっぽう)に変わりました。銃口(じゅうこう)がこちらへ向いていますので、
「オヤ、(おれ)()つ気だな。」
と蟇は肩をそびやかしました。
「ハイ。ちょいと一発お見舞(みま)い申したいので。」
 口のとがった動物はニヤニヤ笑っています。蟇は(いか)りたちました。物をも云わずかたい大頭をドンと打ちつけましたから、豆鉄砲は一溜(ひとたま)りもなく、けしとんでしまいました。
小癪(こしゃく)もの()が!」
 蟇はフンフン鼻息(はないき)をあらくして威張(いば)っていましたが、やがてあたりが(まっくら)暗になって、何も見えなくなりました。
「おれは(ゆめ)を見たのか。」
 蟇はしばらく正気にかえったようすでした。
「蕗の葉をかついでチョコチョコと。あいつ何者だろうな。(つら)つきはもぐらもちに()ていたが、何、恐るるに()りない小者だ。」
 蟇はまた大きく(うなず)きました。
 シンシンシンシン……降れよ、雨、雨と。いやこれは雨ではないぞ。
「へィ、今日は。」
(だれ)だい。」
「雪小僧(こぞう)なんで。」
「雪なんぞ御免(ごめん)だ。行ってくれ。」
「ハイ、今日は。」
「うるさいな。行ってくれというに。」
先刻(さっき)の小僧とは(ちが)いますよ。こんどは私なんで。」
 目をあけて見ますと、あたりはまぶしいほど明るい。銀色(ぎんいろ)山高帽子(やまたかぼうし)、銀色の夜会(やかいふく)服、銀色の短靴(たんぐつ)という銀づくめの小僧がひょっくり立っています。(たちま)ち手をひろげ足を()って、くるくるおどり出しますと、四方八方から白銀の花片がめまぐるしく降ってきて、見る見るうずたかく()りあがりました。小僧は身をひるがえして、白銀の山へ()けあがろうとします。と、山はフワフワこたえなくくずれてしまいます。くずれるあとからまたフワフワ盛りあがります。
「それ、もう一息、どっこいどっこい。」
 蟇は大きな口をあいてわめいていました。
 こんな馬鹿(ばか)げた夢をくり返しているのです。

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