森の鬼火(おにび)            土田耕平


 ある晩のこと、私はただ一人森の中をあるいていました。ときどき(ふくろう)が鳴き、木の葉がさざめくほか、何のもの音もありません。私はあてどもなく、真暗(まっくら)い木かげをふみわけふみわけ、歩いていました。
 もはや夜なかすぎとおもうころ、にわかにあたりが明るくなりました。そして、目のまえに、一かたまりの鬼火がほうほうともえたちました。かたわらには、髪(かみ)の毛を長く両肩(りょうかた)にたらした(ばあ)さんが、うずくまっていました。
 婆さんは手をのばして、その()せこけた指で鬼火の()えさきをつまみとりました。そして、手早くこよりによりあげるのでした。婆さんの指の間からは針をはくように火のこよりがとび出しました。見る見る、その(ひざ)の上にはこよりの山がきずかれました。それは一本々々(ぎん)いろにきらめいて、何ともいえずみごとでした。
 私も手をのばして、鬼火の燃えさきをつまんでみました。それは(しも)のようにつめたく身にしみとおりました。
 婆さんは、やがて膝の上から一本のこよりをとりあげて、髪の毛の(はし)でこすりますと、線香(せんこう)花火のように、ちらちらと火の()がちりはじめました。火の粉は、だんだんふくれて、両手でかかえるほど大きくかがやいたとおもうと、その中から、白い花のかたちが浮かび出ました。白い花は、たちまち黄色に変わり、ばらいろに変わりました。花がちると、そのあとに、ふっくらと美しい(たま)がむすばれていました。珠が二つにわれて、中から(はだか)の子供がとび出しました。子供の()には羽が生えていて身がるく空をまいかけり、遠くとおく行ってしまいました。
 私も手にしていた鬼火のこよりを、髪の毛でこすってみました。こよりのはしから、ちらちらと火の粉がちりはじめました。火の粉がだんだんだん大きくふくれたとおもうと、中から花のかたちがあらわれました。花がちると、そのあとから子供がとび出して来ました。この子供は羽がありませんので、地べたへころがりおちたきりでした。
 婆さんは、ふいと立ちあがりました。すると、鬼火は消えてあたりは眞暗がりになりました。婆さんのすがたも見えなくなってしまいました。私は婆さんのほうらかした、鬼火のこよりを拾いたいとおもって、地べたをさぐって見ましたが、ただ落葉がカサカサ音をたてるばかりでした。

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