(つる)(かめ)         土田耕平

   
 野はらの小さな池に、一匹の亀が住んでいました。そこへ友だちの鶴がやって来ました。
「亀さん、こんなところにぐずぐずしているのはつまらないじゃないか。山のむこうには、この何十倍も大きな池がある。そして、君や(ぼく)らのなかまがたくさん遊んでいる。一所(いっしょ)に行こうじゃないか。」
 鶴は長いくちばしをふりふり云いました。亀は甲羅(こうら)の中から、そっと首を出して、
「ありがとう。けれど僕は、君のように空をとぶことはできないし、歩くことだってへたなんだ。とてもそんな遠いところへは行けないだろう。」
()いました。
「何、君さえ行く気なら、僕に工夫(くふう)がある。」
 鶴はどこからくわえてきたのか、一すじの(なわ)のきれをとり出して、
「これが僕の考案(こうあん)さ。」
得意(とくい)そうに云いました。
「それでどうするのだね。」
「まあ待っていたまえ。この縄の(はし)を君がくわえる。でこっちの端を僕がくわえる。いいかね。そして僕がウンと羽をひろげれば、五里や十里とぶのは朝飯前だ。君はこの縄のはしにぶらさがっていれば、それでいい。僕がちゃんとつれて行ってあげる。」
「なるほど。しかし(あぶ)なそうだね。」
「ちっとも危ないことなんかない。僕はこれでなかなか力は強い方だ。君を空から落っことすようなことはしないよ。」
「そうかね。では()れて行ってもらおうか。」
「いいともいいとも。僕はそのつもりで今日はやって来たんだ。さあ、ここをしっかり(くわ)えたまえ。」
 亀は短い首をさしのばして、縄のはしを銜えました。鶴は他のはしを銜えて、大きく羽ばたきをしました。見るみる亀のからだは地をはなれて、ぶらりぶらり()られながら、空高く()りあげられました。
 鶴はサッサと空をとびつづけました。この(まず)しい友だちをひろい世界へつれ出してやるのだとおもうと、何となく心が勇みたち、自分ながらほこらしい気持になるのでありました。ときどき目を落して見ますと、亀は首をちぢめて、しっかり後生大事(ごしょうだいじ)と縄のはしにすがりついている姿が、いかにも(あわ)れげであります。
 鶴はますます飛びつづけて、山をこえ谷をわたり、やがてむこうに青々とたたえた池の水を見わたすことができました。
「あれ見たまえ。」
 いきおいこんで云いますとたんに、くちばしの力がスッと()けて、かるがるした気持ちになりました。はてな、と鶴の気づいたときには、亀のからだは(まり)のように小さく、目下の谷へ落ちてゆくのが見えました。
 鶴はあわてて()いおりました。しかしもう(およ)ばぬことでした。


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