年の長者(ちょうじゃ)            土田耕平


 ある一ぴきの野羊(やぎ)が、六十一(さい)になりましたので、年の祝いにお友だちをみんな招いて、お酒もりをはじめました。
「どうぞ、お年の上の方が長者(ちょうじゃ)になって、上の()におすわり下され。」
 と野羊のことばに、一ぴきの(きつね)が、ひょっこり立ちあがって、一番の上座にすわりこみました。
「ほう、あなたさまが長老ですか。お年の数をきかせて下され。」
 とふたたび野羊のたずねに、狐はそりかえって、
「六十一の百倍、千倍、千万倍であるぞ。」
 といいました。野羊もお客たちもみんな、(きも)をつぶして、
「それはまあ、何と大したお年だろう。」
 と狐をあがめたてまつりました。すると、お客の(すみ)の方で、()のまがった年より(かめ)が、オイオイ声をたてて泣き出しました。
 狐は口をとがらせて、
「祝いの席で泣くやつは(だれ)だ。ウム。亀公か。ぜんたい何がかなしくて泣くのだ。」
 亀は泣きじゃくりながら、
「あなたさまのお年をお聞きしまして、昔のことをおもい出したのでございます。」
「何、むかしのことを思い出したって。わけをいって見ろ。」
 亀はおそるおそる、ことばをついでいいました。
「わたしがまだ若いじぶんのことでございます。崑崙山(こんろんさん)のふもとをとおりまして、大きなぶなの木の実をひろいました。家へ持ちかえって()いておきましたところ、ずんずん芽がのびまして二股(ふたまた)の大木になりましたのでございます。一つの幹はお日さまをささえ、一つの幹はお月さまをささえるほどになりましたので、()りたおしまして、(うす)(きね)をこしらえました。それで、お(もち)()きまして、天の神さま方におそなえしましたところ、何とありがたいことに、この世界じゅうに、草が()え花が()き、鳥や(けもの)や、そこにおいでのあなたさまの御先祖(ごせんぞ)さまや、みんなぞくぞく生まれてきたのでございます。ずいぶんとはるか昔のことを思い出したまぎれに、つい(なみだ)がこぼれたのでございます。」
 亀のいうことを聞いているうちに、狐の顔は真青(まっさお)になりました。野羊はじめお客たちはみんな立ちあがって、
 やれやれきょうの長老は
 亀のこう
 亀のこうじゃない
 年のこう
 うそつき狐は
 ひっこめよ
とうたいました。そして狐めはしりぞけて、亀を上座にたてまつり、めでたくお酒もりをおわりました。

inserted by FC2 system