水女(みずおんな)            土田耕平


 兄さんと妹と、二人の子どもが、お山の沼へ、あそびに行きました。二人は、手をつないで、仲よく唱歌(しょうか)をうたいながら、沼のはたを歩いていました。
 すると、沼の底に住んでいる水女が、ぬっと、うかんできて、二人の子どもをつかまえて、ずんずんひっぱりこんでしまいました。
「さあ、これから、わたしがおまえたちのお母さんだよ。お母さんのいうことは、何でもきくものだからね。」
 水女はこういって、じめ/\と暗っぽいところへ二人をすわらせました。
 そして、兄さんの手には、()のかけた(なた)をわたして、()をきることをいいつけ、妹の手には、さびた紡錘(つむ)をわたして、こぐらがった(あさ)をつむがせることにしました。
 二人は、一生けんめいに、水女のお母さんにいいつけられた仕事に精出(せいだ)しましたけれども、なまくら鉈やさびた紡錘でもって、どうして仕事がはかどりましょう。水女は、からから笑いながら、
 うすのろ
 小のろ
 日がくれる
 といって、二人の背中(せなか)を、ピシピシ鞭打(むちう)ちました。二人は、顔を見合わせて泣きなき、お家のやさしいお母さんを、こいしがりました。
 そのうちに、日曜日になりました。水女は、朝からきれいに(かみ)をときつけて、着物をきかえて、教会へ出かけて行きました。
 二人の兄妹は、水女が出て行ったあと、そうっと、沼の中から逃げ出しました。おのおの手に紡錘と鉈をもって。そして、お家の方へむけて、走り出しました。水女は、すぐと二人の足音をききつけて、追い付いてきました。もう少しで追いつかれそうになりましたので、妹の手に持っていた紡錘を、ポンとうしろへ投げますと、一本の紡錘が、何千何万本とも知れぬ紡錘のむしろに変わって、地べた一めんにひろがりました。
 水女も、これには弱ったと見えて、あっちへよろけ、こっちへよろけしながら、
 おおいた
 小いた
 といいながら、やっとのことで、紡錘のむしろを()みこえました。すると、また矢のような早さで、子供たちのうしろに、追いすがってきました。
 そこでこんどは、兄さんの手にもっていた鉈を、うしろへほうりつけました。すると、鉈は、たちまち、高い絶壁(ぜっぺき)に変わって、水女の行手をさえぎってしまいました。水女は、いく度もすべり落ち、すべり落ちして、やっとのことで、絶壁のいただきによじのぼりました。子供はと見ると、もう遠くの方へ、とても追いつくこともできないところへ、走って行くのが見えました。
 水女はぬっと、立ちあがって、大きなこえで、
可愛(かわい)い子どもたちよ、
 さよなら、
 さよなら。」
 といって、沼の方へかえって行きました。二人の兄妹は、手をとりあって、足なみそろえて、唱歌をうたいながら、やさしいお母さんの家へかえって行きました。

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