ある豺の話 土田耕平
ある一匹の豺が、森のなかをさまよい歩いているうちに、象の死体を見つけました。お腹のすいていた豺は、身を躍らして喰いつきましたが、象の皮は岩のように硬くて、とても歯がたちません。大きな死体のまわりを、ぐるぐるするばかりで、どうしようもありませんでした。と、そこへ一匹の獅子が通りかかりました。豺は、すばやく身をひいて、地べたへ額をすりつけるようにしていいました。
「わたしは、ちゃんとこのとおり見はり番をしておりました。他の奴らに指一本さわらせはしませんでした。さあ、召し上がれ、旦那。」
獅子は、汚れた死体なんぞ見かえろうともせず、悠々、立ち去ってしまいました。
「なんと、落ちつきはらった奴だろう。」
と豺はほっと一息ついていますと、こんどは、虎がのそのそやって来ました。
「やあ大将、あぶない。」
と豺はわめきました。
「こいつは、獅子王のいいつけでわしが見はり番をしているのですぞ。」
虎は、おそろしい目つきをして、象の死体と豺を見くらべながら、
「おれが、獅子を恐がっているとでもいうのか。何の、あのたてがみ親爺が――」
と、うそぶいて見せて、やおら後ろへ、引きかえして行きました。
虎のあとへやってきたのは、一匹の猿でした。豺は、高笑いして、
「こやつ、待っていたところだった。この俺さまがしとめた大象を、ちょっぴり、ふるまってつかわすぞ。」
といいました。
猿は首をふって、
「わたしは、象の肉は嫌いです。」
といいました。豺は、一そう高笑いして、
「年中、木の実ばかり、かじっているから、そうケチな根性になるのだ。おれさまが折角ふるまってつかわすというものを、いただかぬことには、この場はとおさぬぞ。」
猿は仕方なく、象の死体に近づいて、椰子の実でもかじるようなあんばいに、ポリポリ象の皮をかじりはじめました。そして、ようやくのこと、胴体へ五寸ばかりの穴をあけました。それと見た豺は、
「よし、退けのけ。」
と猿を追いはらいました。
すると、今度は、同じ豺なかまが一ぴき、やってきました。こちらの豺は、牙をむいて、
「さあ、獅子だって、虎だってやって来い。」
とおそろしい見幕をしましたので、むこうの豺は、びっくりして走り去ってしまいました。
偉い奴には頭をさげ
強い奴には智慧袋をひろげ
弱い奴にはちょっぴりほどこし
同じなかまには勇気を示し
と豺は得意そうにうたいました。そして、猿の食いあけた穴をめがけて、象の死体へとびつきました。パッといきおいこんで、飛びついた拍子に、小さな穴へ、すっぽりと首がはまってしまいました。そのまま、ぬきさしもならずに、豺はみにくい死にかたをしました。
|