雪の夜噺 土田耕平
むかし、千島に住んでいたアイヌたちは、大そう勇猛でありまして、毎年冬になりますと、カムチャッカの大陸に押しわたり、限りない雪の曠野で、ほしいままに猟をしたものであります。
その頃の勇ましいお話が、さまざま語りつたえられてあります中に、たまたま吹き出すような、おかしなお話もまじっております。これはそのおかしなお話の一つであります。
ある年の冬のこと、いつものように、アイヌたちは群を組んで、大陸に住みうつり、猟生活に日を送っていました。ある日のこと、一人のアイヌが大熊を追ってゆくうちに、伴のものにはぐれてしまって、行けども行けども限りない雪の原で、人家らしいものを見つけることができません。やがて日は暮れる、お腹は空いてくる。途方にくれていますと、どこやらでぼそぼそと人のささやきが聞こえます。立ちどまって、聞き耳をたてていますと、かたわらの丘のかげらしいので、そちらへまわって見ますと、深い雪をうがって、まわり三尺ばかりの洞がありました。
中へ入りこんで行きますと、奥ふかくなるほど、だんだん雪明かりがかがやいて、大広間の中央に、くりくり坊主の小人達が焚火をしながら、笑いさざめいて食事をしております。これはフージルといって雪の曠野に住む化け物であります。
「おお、フージルか、腹がへってたまらぬ、何でも食べさせてくれろ。」
といって、アイヌは焚火のそばへ近づいてゆきますと、さざえの壷焼きが、炉ばたにならべてありました。アイヌは、むさぼりつくようにして、その壷焼きを七八つも食べましたので、お腹がたんまりして、焚火のぬくもりでぐうぐう眠ってしまいました。
やがて目をさまして見ますと、あたりは真暗で何も見えません。夜半かなと思って、目をこすりこすりして見ましたが、何だかようすが変なので、手さぐりに、地面を這いさぐってみますと、松脂のようなねばりものが指にさわりました。それを目ぶたに塗りつけますと、急に夜が明けたように先刻の大広間が雪明りにかがやいて見えました。しかしフージル達はどこへ行ったものか影さえなく、燃えさしの焚火のかげに、これはまた、フージルの中でも子供かと思はれる小坊主が、たった一人しゃがんでこちらを見てにこにこしております。
「わるい奴だな、なんでひとを盲になぞしたんだ。」
といいますと、
「おれは知らないよ、大将がしたんだもの。」
「何、大将も中将もあるものか。わるい奴らだ。」
とアイヌは、ぷんぷん腹を立てながら洞を出ようとして、ふと壁ぎわを見ますと、
氷でかためた壷の中に、金銀をちりばめた宝剣が一ぱい立てかけてあります。もともと剣好きなアイヌは、
「之は土産にもらってゆくよ。」
と一ふりの宝剣を抜きとりました。
「いけないよ、その刀をもって行ってはいけないよ。」
とフージルは、からだにも似あわぬ大声で、後から追ってきました。アイヌは大あわてに逃げ走って、もう大丈夫だろうと思って、うしろをふりかえって見ますと、フージルは、くっつくようにして後まで追いついていたのにはびっくりしました。
アイヌは、自分の腰にさした脇差をぬいて、ボンと投げてやりますと、フージルは、ボールでも受けとるように見事に受けとり、よほどうれしかったと見えて、ハアハア笑いこけました。アイヌもおもしろくなって、ぬすんできた宝剣を投げてやりますと、フージルの方からは脇差を投げてよこしました。お互にたくみに受けとりあったうれしさに、またまた宝剣と脇差を投げかえて、たくみに受けとりました。アイヌもフージルも、夢中になって宝剣と脇差とを投げかえ、投げかええ、時のたつのも忘れてしまいました。
やがてのこと、アイヌはふいと心づいて、宝剣が自分の方へとんできたのをしおに、後を向けていっさんに走り出しました。根かぎり走り続けて、後をふりかえってみましたら、もうフージルの姿は見えませんでした。そして、雪原のかなたに、自分達の群が組みたてているほったて小屋が見えました。
仲間のアイヌ達は、一人の姿が見えぬので、どうしたことかと心配していたところへ、無事にかえってきました。おまけに、見事な宝剣まで持ちかえりましたので、おどろいて尋ねますと、
「フージルの奴らから捕ってきた。まだまだ立派なのがたくさんあったぞ。」
といいました。それではおれたちも、一ふりづつ欲しいものだなと、みな一同、フージルの住家をさして出かけましたが、どこをどう探しても、先の洞を見つけることが出来ませんでした。
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