「号外々々。」
という呼び声がきこえてきますと、私どもの心は、すっかり戦争の方へとんで行ってしまいました。一時間の授業の終わるのを、どんなに待ちあぐんだことでしょう。ようやく時間のリンが鳴りますと、私どもはいっせいに立ちあがって、口々に、
「先生、号外々々。」
先生が
日本軍大勝利、
××
そのあとで、勝戦の
ある日のことでした。
先生はときどきうしろをふりかえっては、
赤い夕日に照らされて……
という戦争の唱歌をうたいました。唱歌がすむと、こんどは
その日も、さんざん駈け歩いて、やがて帰りみちについた時のことです。私どもの歩いて行く一本道のむこうから、リンリンリンと鈴の音をひびかせて、いせいよく駈けてくるのは、一目見てわかる号外売の少年でありました。
みんな一度に足をとめました。先生が少年の手から一枚の号外を受けとるのが見えました。たちまち先生は、私どもの方へ向って両手をさしあげ、ピョンと高くとびあがって、
「ばんざい。」
と叫びました。私どもも一せいに手をあげて、
「ばんざい。」
と叫びました。先生は
それがどこの勝戦であったのか今少しも覚えていません。道々先生の話して下されたことも、みんな忘れました。ただ、あの身がろくとびあがった先生の姿は、二十年あまりすぎた今なお、はっきりと眼のさきに思いうかべることができます。そして私は、先生にむかってもう一度「万歳」を叫んでみたい気持になります。